エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
4.こんな感情は知らない
 暦は十二月。あれから数日経過した。

 俺たちは先月末に、新しく書き直した婚姻届を役所へ提出してきた。

 証人の欄はそれぞれの父親に記入をお願いした。
 その際に改めて俺たちの結婚の意思を伝えたわけだけど、すでに結婚前提と偽装して同居し始めていたのもあり、両家とも寛容に受け入れてくれた。

 その後、澪は変わらず仕事をしながら家のことをしてくれている。それがいつしか当たり前になっているのだと認識し、なんとも言えない気持ちになった。

 マイナスな感情ではない。単純に自分の心境の変化に年甲斐もなく戸惑っているといったところだ。

 あの日。澪がいなくなって、まさかあそこまで自分が動揺するとは思わなかった。

 いや、動揺は当然だ。いるはずの人がいなくなってる衝撃と、彼女を〝預かっている〟身として責任があるから。

 でも、焦っているのはそれだけじゃない予感は薄々あった。俺は深く追及するよりも先に、澪を探しに家を飛び出していた。

 あいつならどこへ行くか考えた時、初め彼女の実家が浮かんだ。
 春菜さんに電話をかけようとスマートフォンを操作しかけて、手を止めた。

 なんとなく近くにいる気がして、まずは思いつくところを回ろうと駆け出した。

 走りながら、なぜここまで必死になっているか自分に問い質し、自分が片手に握り締めているものに気付いてようやくわかった。
 彼女の存在が、幼なじみや妹以上のものに変化していたことを。

 突拍子もない協定を組んで始まった共同生活だった。もちろん、あんな提案をしたのも実行してもいいと思えたのも、気心知れた相手であったから。

〝可愛いミイ〟が困ってるなら助けてやりたいと思ったし、一方的に手を差し伸べるには内容が突飛すぎて彼女が気にすると考えて、わざと交換条件のようにして納得させた。

 俺にとって結婚はマストではないし興味のない事柄ではあったから、澪が避けたい縁談を撒く手段になるなら入籍してもしなくても厭わなかった。だから、彼女に婚姻届を預けた。

 あの紙切れ一枚で、澪の未来が拓けるなら全然構わなかった。
 俺にとってはただそれだけの意味しかない紙だったはずなのに。

 メモに《処分しておいてください》というひとことを添えられた婚姻届を見つけた瞬間、得も言われぬ焦慮が湧きあがった。

 そんな時に限って、嫌なことばかり頭に浮かぶ。

 俺は姉に言われた言葉が蘇り、猜疑心に苛まれたのだ。
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