婚約破棄するはずが、極上CEOの赤ちゃんを身ごもりました
二、婚約成立
 亜嵐さんと会った日から一週間経った。

 彼との結婚話は現実味がなくて、白昼夢が見せた妄想だったのかもと思い始めている。リアリティのない話よりも、昼間は課題に集中しなくてはならなかった。

「文学小説を二十冊読んでレポートだなんて、今時の小学生の夏休みの課題でも出ないんじゃないの?」
 ぷりぷり怒りながら、アルバイト以外の時間を読書とレポートにあてる。

 小説を読みながら、ふと亜嵐さんを考えるときもある。就寝前には亜嵐さんが夫だったらどんな生活なのだろうと想像してみるが、彼をよく知らないから想像力が働かない。

 それにまだ本当に結婚が決定したわけじゃない。

 だからあまり考えすぎないようにしていたが、その日の夜、亜嵐さんから電話がかかってきた。

「もしもし……」

 電話に出た私の心臓の音が、激しくドキンドキンと脈打っている。

《一葉ちゃん、俺だ》

 ベルベットのような彼の声色にうっとりしてしまい、一瞬返事が遅くなった。

「は、はい。亜嵐さん。こんばんは」

《今週の土曜か日曜、空いている?》

「日曜日が空いています。土曜日はアルバイトが」

《ああ。実家のアルバイトだね。わかった。日曜日は十一時に迎えにいく。車をコインパーキングに停めるから、神楽坂を案内してくれないか?》

「十一時ですね。わかりました」

 通話が切れて、肩から力が抜けた。

 ちゃんと連絡をくれたことから、彼は約束を守る人なのだとわかる。

 大事なことだものね。

 これから会ううちに、好ましいところや、嫌なところが見極められるだろう。反対に、私を知っていくうちに亜嵐さんの方が結婚したくないと思うかもしれない。

 日曜日。約束の五分前、門扉の前に出て亜嵐さんを待つ。今日の約束のことは家族に話していない。祖母に話したら、家に必ず寄るように言われるだろうから。

 真夏の神楽坂散策は暑すぎて勧められないが、幸いなことに今日は曇天でギラギラした日差しではないから、まだ過ごしやすい体感だ。

 以前、祖母と和歌子おばあ様のお宅に初めて行ったときに着ていた半袖の生成りのワンピースにした。麻でざっくり編んだバッグを肩から提げている。

 通学の格好はTシャツとジーンズが多く、私のワードローブではデートっぽい服は乏しいのだ。

 ミモレ丈のティアードスカートから見えるのは、やはり前回と同じく白のミュールサンダルだ。

 そこへ亜嵐さんが徒歩で向かってくるのが目に入った。大股で男らしい歩き方だ。

 そして、ネイビーの半袖のリネンシャツに裾をロールアップにした白のパンツ姿は、モデルみたいにかっこいい。

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