一瞬にして張り詰めた空気は、不意に鳴ったインターフォンの音で緩んだ。

吉川さんが応答すると、モニターに映るスーツ姿の男性は『立見です』と名乗る。


「院長がお見えです」

(院長……つまり、尽の、)

あらかじめ、尽から彼の来訪を予告されていたので、吉川さんはすんなりロックを解除する。

ほどなくして玄関のチャイムが鳴り、動き回れないわたしの代わりに彼女が出迎え、リビングに細身の男性を導いた。


「はじめまして、律さん、幸生くん。尽の父です」


尽の父、所長の息子である彼は、穏やかな笑みと共に挨拶する。

尽や所長に比べるといくぶん背が低く、顔立ちはどちらかというと夕雨子さん寄りの中性的な雰囲気のあるイケメン。その表情も声も、温厚な人柄を思わせる柔らかなものだった。


「はじめまして、あの、すみません、座ったままで……」

「気にせず、そのままで。大事に至らなくて、本当によかった」

「ありがとうございます。わたしがもっと注意していれば、避けられたかもしれないのに……。病院のスタッフのみなさまには、幸生ともどもご迷惑をおかけしてしまって」

「事故のあらましは、午来弁護士から聞きました。まったく律さんのせいではない。それに、こう言っては何ですが……いい側面もありましたから。あなたと幸生くんに接する尽の姿を見て、いままで未来の院長だからと遠まきにしていたスタッフも、親近感が湧いたようですし」

「そう、ですか? お役に立てたならいいんですけれど……」


尽の足を引っ張り、彼の立場を悪くしてしまうだろうと思っていたから、そんな風に言ってもらえると、気が楽だ。


「役に立つなんてものじゃない。尽が、医師として、人間として、一段と成長できたのは二人のおかげだ」


認めてもらえなかったらどうしよう、なんて心配は杞憂だったとわかり、心底ホッとした。