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「海だー!」


車が停まるなり、飛び出して走って行こうとする幸生を慌てて呼び止めた。


「ちょっと待って、幸生! ひとりで先に行かないのっ!」


ホスピスを後にし、そのまま帰宅の途に着くはずだったわたしたちだが、せっかくだから海を見て帰ろうと尽が言い出し、行き先を急遽変更してもらった。

サーファーの姿がちらほら見える海岸は一部が砂浜になっていて、海を眺めるのにちょうどいいベンチや東屋なんかもある。

しかし、ドレスを破ったり汚したりするんじゃないかと恐ろしくて車を降りられない。
それなのに、尽はそんなわたしの懸念などおかまいなしに、急かしてくる。


「何やってんだよ、律。早く降りろって」

「簡単に言わないでよ! ドレスに砂とかついたら弁償……」

「する必要はない。それは、律のものだ」

「え? ど、どういうこと? だって、これ、レンタル……」

「レンタルじゃねーよ。セミオーダー。律のために作られたものだ」

「えっ!? 嘘っ!? だって、これ……そんなわけない……」


絶句するわたしに、尽は苦々しい表情になる。


「んだよ、その驚きようは。何で絶対にウエディングドレスを着ろって言ったと思ってんだよ」

「それは、その、尽が羽織袴はイヤだからかもって……」

「あのな……」

「だ、だって! 尽ってばこういうイベントを面倒くさがって、嫌がりそうだし」

「あのな、いくら俺でも、結婚式をクリスマスだの何だのの、浮かれたイベントと一緒にするかよ。大体、イヤがってたのは律の方じゃねーか。ジイさんとバアさんのことがなかったら、いまもまだ、ゴチャゴチャ言ってたんじゃねーのか?」

「そ、れは……その、」

「律は、自分のことは後回し、決断をずるずる先延ばしにするくせに、ひとのこととなると驚くほど決断が早くて、大胆な行動に出るよな」

「そんなこと……ある、かもしれないけど、でも」


言い淀むわたしを抱き上げて、尽は車から降ろしてしまった。


「ちょっと、尽!」

「パパ……ママ、どうしたの?」


早く砂で遊びたいのだろう。
ソワソワしながら車の傍で待っていた幸生が、不思議そうにわたしを見上げる。


「ママは、歩けないんだ」

「どうして? ケガしたの?」


わたしがしばらくまともに歩けなかったことを思い出したらしく、途端に不安そうな表情をする。
尽は、そんな幸生に首を振って見せた。


「ママは、キレイなドレスが汚れるのがイヤなだけだ。ワガママは、お姫さまの特権の一つだからな」

「ふうん? じゃあ、あっちのベンチに座れば?」


幸生が指さした先には、海を眺められるよう置かれたベンチがある。

尽は、わたしを抱えたままベンチまで移動し、腰を下ろすと幸生にしっかり言い聞かせた。


「幸生。砂浜へ下りてもいいが、パパとママが見えるところにいるんだぞ? それと、ガラスや危ないものが落ちているかもしれないから、ようく足下を見て歩くこと。あとは……波で濡れないように気を付けること。いいな?」

「うん!」