酒飲み女子がどきどきさせられてます
side 香坂優子・1

I love おひとり様

「おいしいいいい」

私、香坂優子はぬる燗を一口飲んで、ほうっと息を吐く。
この鼻から抜ける柔らかい香りに幸せを感じる。

今週も頑張って働いたなあ。
と付け出しのお浸しを少し口に入れ、手酌でお猪口に日本酒をついで飲む。
日本酒が好きなのだが、銘柄など全く詳しくない。
でも、ここの居酒屋は、こんなリクエストすると抜群のチョイスをしてくれるので問題なくおいしいお酒を飲むことがでした。
これにここは職場から近くなので、帰宅ラッシュを避けて一杯飲むにはもってこいだった。


しあわせだなあ。。。


ちなみに今日は
「甘口のぬる燗が飲みたい。今週忙しくて、ほってしたいんです」
というと秋田の香りのよいお酒が出てきた。

リクエスト通りのおいしさにほーーーーっとしつつ、カウンター席で店主がやく焼き鳥をじっと見つめた。

金曜日ということもあって、3つあるテーブル席は満席だし、奥の座敷も宴会の準備が整っている。
やはりリーズナブルでおいしい居酒屋は人気があるのだなと思いつつ、カウンター席で一人ちびりちびりとお猪口に口をつける。

そのうちジュウっといういい音がしてきて、タレの焦げる苦くて甘い香りに鼻がぴくぴくしてしまう。
目を閉じ、深呼吸をして、音と香りでもう一口日本酒を飲む。すると、

「あれ?香坂さん?」
という声がした。

いきなり声をかけられて慌てて振り返ると、同期入社の、、、、名前を忘れてしまった男性がにこにこ立っていた。
50人もいる同期。半分がやめてしまっているとはいえ、全員の名前を覚えるとか無理。向こうは知っていてこっちは知らない、、、それを悟られないように笑顔を作る。

「あら、お久しぶりーですね」
同期君のすぐ後ろに4人が立ってこっちを見ている。目が合うと一様にお辞儀をしてくる。

「今日は飲み会なの?」
「ああ、こいつの、八木敏樹の送別会」
指された八木敏樹とやらが軽く微笑んだ。

形の整ったきりっと眉にくっきりとした二重でほんの少し垂れ目。高い鼻梁にふっくらとした唇。微笑んでんだ口元は左右対称。いや、口だけではなく、全てのパーツが完璧な左右対称に配置された美しい顔立ち。
こんなイケメン君が会社にいたなんて知らなかった。
送別会とは、、、、。こんな美形を見るのも最初で最後なのかと残念に思ってしまう。

「そう。辞めちゃうですか、、、」
優子は残念そうに眉を下げて微笑むと、八木は目を見開き慌て、右手を前で振った。

「いえいえいえいえ、異動です!」
「え!!」

失礼な勘違いに慌てて「ごめんなさい」と謝った。
八木は「大丈夫です」とにっこりと愛想よく笑った。

八木が笑うと右だけ少し八重歯が出た。
シンメトリーを破壊するその八重歯がかわいらしくてちょっとドキドキしてしまう。
アイドルに偶然会っちゃったりするとこんな感じなのかしらと考えつつ、平静を装って会話を続けた。

「それで、どこに異動なんですか?」
「えっと、、、企画2課です」
「え?うち?!」

そういえば来週から誰かくるって課長が言ってたなあと思い出す。
八木が眉を下げて少し申し訳なさそうな顔をした。

「異動前にご挨拶してしまってすみません。驚きますよね。
八木敏樹と言います。入社3年目になります。香坂さん、これからよろしくお願いします」

八木は人懐っこい笑顔と礼儀正しい挨拶をした。
私は椅子から降り、八木をまっすぐ見た。

「重ね重ね失礼しました。香坂優子です。こちらこそよろしくお願いします」
軽くお辞儀をし、余所行きの笑顔を振りまいた。

あ、そうだと同期君が
「八木、仕事できるやつだからさ、よろしくね。ところで香坂さん、一人なら一緒に飲まない?」
と誘ってきた。

「ごめんなさい!待ち合わせなの」
と、間髪入れずに断った。

あまりの速攻さに少し驚かれているようだったが知ったこっちゃない。
あからさまにおひとり様で飲んでいるのだけど、名前を思い出せない同期君と他部署の人たちと飲む勇気はない!絶対においしいお酒が飲める気もしない!

私は近しい友人に「人当たりの良い人見知り」と言われている。
初対面の人を相手にもにこやかに話すけど、空気を読むどころか顔色を窺いすぎて、飲み会後の疲労感や自己反省会でへこんでしまう。面識がある人にも対しても同様だ。
相手の顔色を窺わずに話ができるようになるまでかなりの時間と体力を要する。
仕事ならまだいいが、プライベートでまで他人と関わりたくないというのが正直なところだ。

座敷に目をやると、彼らの同部署らしき人達が待っているようだった。

「急がないと、上司待たせちゃってるんじゃない?」
「あ!やべっ!じゃ、今度飲もうねー」

フレンドリーに手を振る同期君と、会釈する八木君たちはお座敷に行った。



「うーん」

静かになったカウンターで、出てきた焼き鳥とお酒を飲みながらうなる。

せっかくおいしいお酒と焼き鳥食べてるのに、これ食べたら帰んなきゃだめかなあ。
おひとり様で飲んでることは別に気にしないが、待ち合わせっていう嘘がばれるのはよろしくない。
ここでも無意味に同僚たちの気持ちを想像してしまうのだ。
やはり相手が来れなくなったようなそぶりでもして「嘘をつかれた」と思われる前に帰ろう。

その時、ブーーーーンとスマホが震えた。

見ると、「口田亮太郎」からのメッセージだった。

 

 『もしかして、今、どっかで飲んでる?』

 『YOSAKUで飲んでる くる?』
 
 『行く これから会社出るから10分くらいでつくよ』



よしゃ、亮太郎が来るならさっきの「待ち合わせ」発言が嘘じゃなくなる。

「すいません、ぬる燗お代わりくださいー」

ほくほく顔でさめてしまったぬる燗をぐびぐびっと飲んで、お代わりを注文するのだった。
その頃、八木の送別会では若手たちが嬉しそうな優子をちらちらと見ていた。






「もう30分近く一人だけど?」
「もしかして、ふられたとか?!」
「香坂さんほどの美人がそんなわけないっしょ」
「さっきメール見て嬉しそうだったじゃない」
「きっと人事の口田課長待ってるのよ」
「この時期、人事って忙しいじゃない。だから待ち合わせに遅れてるのよ、きっと」
「口田課長ってさ、、あの若さで人事課長ってすごいよね」
「しかも、背が高くて、顔もめっちゃかっこいいし」
「いつもそっけないのに、香坂さんにはめちゃめちゃ甘いでしょー」
「それがいいのよおー」

座敷の送別会ではこんな会話がされている。

声が大きいよ。聞こえてる、聞こえてると思いつつ知らんぷりで焼き鳥をほおばる。

優子は基本一人だったが、さっきから何人かが声をかけてくる。
混んでいる週末。開いている隣に座りたいようだが、亮太郎が来るのだ。譲れない。

「ごめんなさい。連れが来るので、、、」
と謝ってもしつこく話しかけてくる。

「でも、お姉さん、結構長く一人じゃない?お連れさんするまで一緒に飲もうよ」
この人席がないからとなりいいかって聞いてたけど?と思いつつ返事をする。

「私が長くいるって知ってるならもう座ってる席があるんじゃないですか?」
「あることはあるんだけど、お姉さんの隣で一緒に飲みたいな」
「えっと、、、いや、なんで勝手に座ろうとしてるんですか?」
「あ。ばれた?」
「ばれたとかじゃなくて、、、お連れさんいるんじゃないです?」
「ん?大丈夫」

どうやらナンパだと気付いた時には隣に座られてしまった。
しかもしつこいし!

とそこへ、
「おまたせー」
とにこやかな声が聞こえた。
「亮太、、、!」
と振り返るとー。

そこには亮太郎ではなく、先程挨拶を交わした八木君が立っていた。

「誰?なんでそこ座ってんの?」
八木君がとてつもなく冷たい目で男を見ると
「いや、、、えっと、、、、すんません!!」
と男はそそくさと逃げていった。
戻った席で一緒にいた男の子たちにやいのやいのとからかわれているようだった。

八木君はそのまま席に座って、こちらを見てきた。
さっきと打って変わって優しい表情になっていた。
「大丈夫でしたか?」
「あ、うん。ありがとうございます」
「声かけられまくってましたね」
「あの人、しつこくてびっくりしましたよ」
「その前にも何人かにナンパされてたでしょ?」
「え?!ナンパじゃないですよ。この席空いてますかって聞かれただけですよ」
「!!!」

八木君は無言で目を見開いた。
じっと見つめられて
「な、なんですか?」
とどぎまぎしながら問うと、

「本気ですか?」
「何がですか?」
「それ、ナンパですよ?」
「は?」

と、今度は優子が固まっているとー

「おまたせ」
という声に振り返った。そこには背の高く肩幅の広い男性がたっていた。きらりと光るシルバーフレームの眼鏡に切れ長の二重の目、通った鼻筋に不敵な笑みをこぼす薄い唇。イラっとした時に見せる少し片目をぴくっとさせる顔は冷淡で見ていてぞっとする。
この男が、田口亮太郎だ。


優子の隣に座っている八木君に目をやると右の目をピクリと動かし、見下ろした。
八木君はにこやかに立ち上がると、
「お疲れ様です。口田課長」
「お疲れ、八木さん」
なぜだろう、二人の間にブリザードがが発生している?
しかし、互いに名前を知っているところを見ると顔見知りなのだろうか?

「二人とも知り合いなの?」
と尋ねると二人ともがこちらを見て、亮太郎はあきれ顔で、八木君はにこやかに言った。
「俺、人事だぞ」
「人事課長ですから」

あ、そうか。「ではこれで」と席に戻ろうとする八木君に声をかける。
「助けてくれてありがとうございました」
「いえいえ。香坂さんとお話でして楽しかったです。来週から、よろしくお願いします」
さわやかイケメンの笑顔の破壊力はなかなかだな。
なんてことを思っていたら、ポンっと頭に手を置かれた。

「助けたって?」
亮太郎の目からはブリザードは消えて、いつもの優しい表情に戻っていた。
「ああ、さっきね、、、」



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