「ママ! 遅い」
頬を膨らませながら駆け寄ってくるのは、三歳になったばかりの娘の凛(りん)だ。
仕事が少し長引いて、保育園へのお迎えが遅くなったのを怒っているのだ。
「ごめんね。今日は凛の好きなたまご焼き作るから」
そう言いながら抱き上げると、途端に顔に笑みが広がる。
重さんに教わっただし巻きたまごが大好物なのだ。
「ほんと?」
「もちろん。帰ろ」
先生に挨拶をして、アパートへの道を手をつないで歩き始めた。
――四年前。
誘拐事件を知った私は、陸人さんの前から姿を消した。
私のために今までの人生を犠牲にしてきた彼を、もう解放してあげたかったのだ。
手紙に【陸人さんは陸人さんの人生を歩んでください】としたためたときは、涙が止まらなくなった。
しかし必死に歯を食いしばり、部屋のポストに合い鍵とともに投函した。