きみの瞳に映る空が、永遠に輝きますように


 ついに長かった病院生活が一旦明日で終わる。
 
 これが人生最後の退院だと私は薄々感じていた。

 残りの人生に希望があるとは思えないし、次に倒れて運ばれた時には最後だろう、と。

 父は何やら忙しそうに病室を出入りした後、一度家に帰った。

 表情はどこか引きつっていて、また何か言われたのだろうと察する。

 父はいつもそんな調子だから慣れたほうではあるが、やはり不安要素の一つではあった。

 そんな父と入れ違いで透真くんがお見舞いに来てくれた。

 透真くんには退院することを事前に伝えておらず、今から伝えるところだ。


 本当は驚かせたかった。

 透真くんなら自分のことのように喜んでくれる気がしていたから。

 結局、私がそういう気分から少し離れてしまったのだけど。

 「あのね、透真くんに言っていないことがあるんだ。今言ってもいいかな?」

 「無理しなくていいからな」

 私の声がいつもより低かったのか顔色が悪かったのか、透真くんは真っ先にそう言った。

さすがの私もこれには申し訳なく思うと同時に、言うときには無理矢理でも笑顔を作ろうと決める。

 「うん、じゃあ聞いていてね」

 透真くんはそれから小さく頷き私の目をじっと見た。

 その目は全てを受け入れるとでも言うような覚悟の目をしていた。

 「私、明日退院が決まったの」

 「本当か?」

 透真くんは目の前の宝物に飛びつくような勢いでそう言い、私が頷くや否や大粒の涙を零し始めた。

 良かった、という彼の声と涙声だけが部屋に響いていた。

 私も透真くんが自分のことのように感情を表してくれたことが嬉しくて思わず涙が溢れ出す。

 病状がどうだったにせよ、これは喜んでいいことなのだ、と思うことが出来た。

 「退院したらどこに行きたい?」

 それからすぐに透真くんはそう言った。

 思い出作りには何がいいだろう、私は真剣に考えた。

 だが、考えれば考えるほど、私は透真くんとは関わってはいけない人間だと思わされた。

 きっと、いや特別なことが無いかぎり、私は透真くんよりも先にこの世界を去ることになる。

 そんな私が彼に執着するような人間にはなりたくないし、私が居なくなった世界で彼が苦しむ姿は見たくない。

 そもそも苦しむとは限らないけど。

 でも、それを未然に防ぐためにも親密な関係になることは避けるべきだと思わずにはいられなかった。


 「あのさ、透真くんのためにも私とは距離を置いた方がいいと思うの」

 少しでも彼を傷つけないように、言葉を選びながらそう言った。

 「どうして?」

 透真くんが楽しそうに行き先を考えている時に言ったものだから、私の言葉を理解するのに時間がかかったらしく、しばらくは口を開けたまま一点を見つめていた。

 「私は地味だし夢見病だし。私のせいで透真くんがクラスで変な噂を流されちゃうかもしれないでしょ」

 「そんなことどうだっていいよ」

 これまでにないほど強い口調だった。

 だからといって私の考えが簡単に変わるわけではない。

 透真くんのことを思うからこそ、引き下がろうにも引き下がれなかった。

 「よくないよ」

 「じゃあもし俺が夢見病だとしたら?」
 突然透真くんはそう言った。
 
 「それ、からかっているの?」

 その発言に対して理解が追い付いていなかった私は考える前に咄嗟に言ってしまう。

 「いや……」

 彼は言葉を濁して下を向いた。

 私には透真くんが夢見病であるとはどうも思えなかった。

 でも、それと同じくらいからかっているとも思えなかった。

 だが、一瞬頭にきたのは事実だった。

 私だって透真くんと距離を置くのは本望ではなかった。

 わざわざ透真くんのために自分を犠牲にして離れてほしいと言っているのだから、少しくらい分かってほしかった。

 そして、離れて欲しかった。

 未来のない私といる時間が無駄なのは言うまでもないことだし、透真くんだってわかっているだろうから。
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