その数時間後、約束通り透真くんは家を訪ねてきた。

 ロイヤルブルーのプルオーバーに白のパンツを身に付けた透真くんに胸が高鳴るのを感じる。

 透真くんの私服姿は何度か見たことがあったのだけど、いつもとは違う何かを感じた。

 それが何かは私には分からないが、特別なオーラが出ているように思う。

 「急にごめん」

 「大丈夫だよ。それで何をするの?」

 私がそう言うと透真くんはリュックの中からさらに袋に入った沢山の手持ち花火を取り出した。

 「お互いに夏らしいことはひとつもできなかっただろう?だから、すこしでも堪能しておきたくてさ」

 私の心を読んでいたかのようで、喜びよりも驚きが勝ってしまう。

 「ごめん、迷惑だったかな……」

 その喜びのあまり、心の中で噛みしめていると、返事のない私に不安になったのか、不安そうにそう言った。

 「そんなことないよ、実は私も花火したかったんだよね」

 「よかった。じゃあ近くの公園に行かない?」

 頷いて透真くんの横を歩く。

 こうして会うのはいつぶりだろうか。

 久しく会っていなかったこともあり、互いにどう話を切り出していいのか分からないという状態だった。

 今後はますますこの状況が増えていくだろうから慣れなければならないのが苦痛だ。

 「俺、今日学校を辞めたんだ。籍を置いてももう行けないだろうから」

 「そっか」

 「だから学校では会えなくなるけど、こうしてたまに会えたらいいな」

 「会えるよ、私がいつでも駆けつける」

 自分で言っておきながら、重いだろうな、とは思ったが、今はそれ以外にかける言葉が見つからなかった。

 透真くんにとって学校という場所がどんな意味を持つ場所だったかまでは分からないが、この決断がこの世界を去るための準備のような気がして胸がいっぱいになった。



 「早く始めようぜ」

 公園に着くや否や透真くんはろうそくを立てて火をつけた。

 私は頷き、封を開けた。

 手持ち花火なんていつ以来だろうか。

 記憶にあるものだと小学生の時だ。

 久しぶりだったし、透真くんとだからか気が楽だった。

 透真くんが火をつけるのに続いて火をつける。

 すると、突然大きく音を立てて燃え始めた。

 七色の光が弧を描きながら地面に向かって散っていく。

 「ねぇ、やばいって」

 「何がやばいんだよ」

 実際に見るまでどんな燃え方をするかが分からなかったから思わず口にすると、透真くんは私を見てしばらく笑っていた。

 「もしかしてしたことなかった?」

 「それはあるよ、あるけどこんなに音がすると思わないもん」

 「でも袋に書いてあるじゃん」

 「あっ、ほんとだ」

 透真くんが指差した先には花火の入っていた袋があり、そこには爆音花火と書いてあった。

 にしても、なぜ近所迷惑な花火を買ってきたのかと思った。

 それが私には透真くんの悪戯心ゆえのような気がして鼻で笑ってしまう。

 「次は文字を書かない?」

 終盤に差し掛かったあたりで透真くんはそう言った。

 流行には疎くてもそれが人気であることは知っていたし、いつかしてみたいと思っていた。

 「それいいね」

 二つ返事で返すと、透真くんはリュックから二本を取り出した。

 他の花火とは別の場所にあったから、もしかすると何かの意味があるのだろうと思う。

 それか、どうしてもしたくて万が一のために予備を取っていたのか。


 「ねぇ、何を書くの?」

 私に花火を渡して離れたところでカメラのセットを始めた透真くんに聞いてみた。

 「蒼来の好きなものかな」

 「私の好きなもの……?」

 好きなものと言えば一番に思いつくのはフレンチトーストだけどそれは描けないし、その他だとしたら浮かばない。

 ここは定番の星の絵でも描いておこう。

 そう決めたところに透真くんは、良いことひらめいたかも、と言って続けた。

 「じゃあさ、お互いに合わせに行こうよ」

 「いいね、楽しそう」

 「だろう?」

 カメラのセットを終えた透真くんがどや顔でこちらを見ている。

 彼の稀に見る表情だ。


 「もういい?」

 そう言いながらボタンを押す素振りをしている。

 「うん、いいよ」

 私がそう言うと透真くんはボタンを押し、急いで火をつけようと走ってくる。

 その勢いでろうそくの火が消えてしまいそうだ。

 何とか耐えた火は活気を取り戻すも、まだ花火には点火されていないようだ。

 「やばい、つかないよ。あっ、ついた」

 「せーのっ」

 2人揃って合図を出したのだけど、描き終える前にシャッターが落ちてしまった。


 火が消えてから写真を確認したが、半分以上が完成している星と、首元の高さから始まった小さな山のようなものがあった。

 時間が足りなかったために半分も描けていないようで、透真くんがどんな完成形を想像していたのかが分からなかった。

 「蒼来は星?」

 「うん、定番を攻めてみた。透真くんは?」

 「これはハートだよ。蒼来に合わせにいったんだけど」

 「ごめん、じゃあ次は二人でハート作ろうよ」

 「そうだな」

 「じゃあ、次は私が先に二本ともつけておくよ」

 「ありがとう」

 透真くんはカメラの用意をし、私は火をつける。

 時折火は風になびいて、花火とは正反対の方を向く。

 「大丈夫か?」

 「うん、もうすぐだと思う」

 「もういつでも大丈夫だからゆっくりでーー」

 「ついた」

 透真くんが言い終える前についた喜びで叫んでいた。

 「お、おう」

 これには透真くんも驚いたままこちらに向かってくる。

 
 「せーの」

 お互いに合図を出し合って二人で大きなハートを描いた。

 ちょうどいいタイミングでシャッターが落ち、確認したところ、橙色の整った形のハートが藍色の背景と相まって映えていた。

 「綺麗だね」

 「そうだな」

 「最後に線香花火しないか?」

 「うん、したい。私が取ってくるよ」

 「ありがとう」

 線香花火には深い思い入れがあるわけではないけれど、どこか近くに感じてしまうものがある。

 人生を表すともいわれる線香花火は燃えているその一瞬の間に、命の誕生から終わりまでを、喜怒哀楽を、そしてその人その人のこれまでの人生における出来事を投映している。

 それを見る度に、生を神秘的なもの、そして、儚いものだと実感させた。

 「線香花火ってさ、人生を表すと言われているんだって」

 私が考えていたことと同じことを透真くんは言った。

 これが、一般常識なのかと思ったけど、流石にそれは無いよね、と心の中で笑ってみた。

 一方の私は、同じことを考えていたことで恥ずかしくなって、知らないふりをして返事をする。

 「そうなんだ。なんかいいね、線香花火」

 「そうだな」

 火をつけてじっと待つ。

 少しでも動いたらこの子の寿命を縮めてしまうから、しっかりと持ち、もう片方の手で支える。

 努力も空しく、シュワシュワと音を立てて燃えた後に、光を失って惜しまれながら落ちていく。

 一本終われば一本、と輝き見たさに止まることなく火をつけた。

 限りある命を燃やして輝く線香花火のようになりたい、と憧れを抱いて、火が消えるまで見続けた。

 「買いすぎたかな」

 線香花火が終わると、遅くなる前に帰ろう、というところで話がまとまった。

 あまり身体を冷やしても身体に悪いし、我ながら最善の考えだと思う。

 「またいつかしようよ」

 「そうだな」

 2人で残った花火を片付けた。

 相当買いこんでいたのか、2人には多すぎたようだった。

 それでも、消化出来ないほどの花火に囲まれた今、私は幸せだった。

 年に一度の花火大会が見られなくても、今、この瞬間のほうが充実していると思えた。

 「俺、学校を辞めたって言っただろう?本当はさっきまで迷っていたんだ」

 透真くんが手を動かしながら、そんなことを言った。

 「学校を辞めれば理想の青春は失われるわけだろ?どうせもうすぐ全てを失うのに、今、それを失う必要があるのかって思っていた」

 私はただそれに頷きながら聞くだけだ。

 透真くんの決断の理由と、それに至った経緯が気になって仕方がなかった。

 片付けていた手を止めて、透真くんの目を見た。

 彼は下を向いたまま手を動かしている。

 「でも、気付いたんだ。生きているだけでまだ大事なものは失っていないって」

 「透真くんらしいね」

 「そうか?」

 私の声に、透真くんは顔を上げた。

 「うん、私は透真くんのその決断を応援するよ」

 「ありがとう」

 「俺も蒼来のことを応援しているからな」

 「うん、当たり前でしょ」

 「そうだな」

 2人顔を見合わせて笑う。

 片づけが終わると、透真くんは私を家まで送り、その後、歩いて帰宅した。

 私はタクシーを呼ぶように言ったのだが、透真くんは大丈夫、と言って譲らなかった。

 透真くんがなぜ徒歩を選んだのか、私には少し分かるような気がした。

 帰宅すると父はまだ仕事に行っているようで、私はベッドに横たわって身体を休めた。

 その時、受信音がして、メールを開くと、透真くんから複数枚の写真が送られてきていた。

 それを見ようか悩んだが、写真を見る体力が残っていないほどに疲労を感じていたため、また明日見ることにした。

 目を瞑ると線香花火の光を失っていくあの瞬間が鮮明に思い出された。

 そして、そのまま身体を預けた。

 
 その2日後の夜中、私は入院した。