青に染まる

「みぎわかなとさん、ビオラっと」

 僕は、泣きそうな顔をして去っていったお客様の名前をメモする。

 今日のお客様はあの人一人だろうか。

 過去のメモを振り返ってみると、やはりちらほらと「みぎわかなと」の名前はあった。結構な頻度で来てくれているから、あの人は常連さんだ。

 やはり馴染みの店の店主に顔を覚えてもらえないというのは、悲しいものなのだろうか。

「それにしても、汀さんかぁ……ご縁があるのかな。ちゃんと覚えないとな」

 まさか自分と同じ苗字の人に出会うとは思っていなかった。それに常連さんだから、やはりちゃんと覚えないと。

 ……とは思えど、努力でどうにかなるのならとっくにどうにかなっている。実際前日の夜に記憶するために何度もメモを読むのだが、からっきしだし。こんな性質がなければ苦労しないだろうになぁ。


 今日他に来たのは、やはり近所の常連さんだけだった。試しに聞いてみる。

「そういえばこの辺に汀って苗字の家があるの知りませんか?」
「え? 汀さんって言ったら貴方のところ一軒じゃないですか?」

 ふむ。哀音さんは常連さんだけど、近所の人じゃないのか。不思議な人だなぁ、と思う。近所でもないのにこんな辺鄙(へんぴ)な店に足を運んでくれるなんて。

 まあ僕の稼ぎになってくれているのだから、有難いことだが。
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