高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「仕事をしていて、考え方が似てるとは思ってたけど。まさかトラウマまで一緒だとは思わなかった」
「え……一緒って、水出さんも触れられるのが怖いんですか?」

まさか、と思い聞いたけれど、返ってきたのは肯定だった。

「ええ。以前付き合っていた人が、次第に私に雑に触れるようになったの。そのたびに、どうでもいいと言われているように感じて……そこからダメになった。誰かと付き合っても、また雑に扱われたらって思うと怖くて、踏み出せないの」

悲しそうに歪んだ笑みで「もう三年よ。嫌になっちゃう」と言う水出さんに、共感するように胸が痛む。

適当に扱われる虚しさは私もよく知っているだけに、声のかけようがなく視線を落としたとき、ふと疑問が浮かび、再び顔を上げた。

「あの、でも後藤は……? 後藤って、ものすごく適当な恋愛しかしないし、水出さんも知ってますよね?」

周知の事実だ。
予想通り、水出さんは「知ってるわ」とうなずいた。

「じゃあ……えっと?」

理解ができずに首を傾げた私に、水出さんはやれやれと言わんばかりの顔でため息を落とす。

「理想と、現実に好きになる人は違って当たり前じゃない。だからややこしいって話でしょう? 誠実って言葉が服着て歩いているような人を好きになれたら平坦な幸せが手に入るのは知ってる。それでも、惹かれる本能には逆らえないの」
「……水出さんって、案外、情熱的な人なんですね」

呆気にとられながらポツリともらした私に「そう。いいギャップでしょ?」と笑う水出さんが可愛かったので、後藤に推そうと心の中で誓った。



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