「桜、やはり俺たちの関係は、皆に公表したほうが良いのではないか?」

「もう少しだけ内緒にしてください。」


悠斗さんは、私を見ながら大きく息を吐いた。


「俺は心配なんだよ…今のようなこともあるし…それに桜に悪い虫が寄ってこないかと…ね。」

悠斗さんは、何故か少し恥ずかしそうに、耳が赤くなっている。
ポケットに手を入れて天井を見た。

「私は、悠斗さんと違ってモテません。安心してください。」

私に寄って来る悪い虫なんて来るはずない。




その翌日のことだった。


私がエレベーターに乗り、ドアを閉めようとボタンを押したその時、一人の男性が走って来たのだ。


「待って!エレベーター閉めないで!」

私は慌ててドアが開く方のボタンに指を置いた。

「やった!ギリギリ…セーフだな。ありがとう伊織さん。」


…驚いた。その男性はなぜか、私の名前を知っているのだ。
そして、ニコニコと笑顔を向けながら話してくる。


「ねぇ、伊織さん、僕のこと知っていますか?…僕は営業部の、鳴海裕也(なるみ ゆうや)です。よろしくね」


いかにも軽そうな男性だ。
あまり営業部に関わりが無いし、恐らく鳴海とは初対面だと思う。

それなのに、私の名前を呼ぶこの男性は、どうして私のことを知っているのだろう。

私は驚きで、何と声を出して良いか分からず、そのまま固まっていた。


「伊織さん、そんなに緊張しないで…伊織さんのまわりは、いつも社長か、秘書課の人達がいるから、ガードが固くて、話す機会が無くてね…今日はラッキーだよ。」


鳴海と名乗るこの男性は、端正な顔立ちをしている。
片耳には、目立たないようにはしているが、ピアスをしているようだ。
少し茶色の髪は、ふわりと無造作なシルエットを作っている…しかし妙に清潔感はある。
人懐っこい表情が印象的だ。

そして、鳴海はエレベーターが停まると、ドアが開く瞬間に、いきなり私の頬にチュッと音を立ててキスをした。
一瞬のことで、頭が真っ白になり、私はフリーズ状態だ。


「驚かせちゃったかな?伊織さんが、我慢できないほど可愛いから思わず触れたくなっちゃった…じゃあ、またね…桜ちゃん!」


驚きで、声も出ず、口をパクパクとしている私に、鳴海は何もなかったように、微笑んで手を振ったのだ。

私が固まっているうちに、エレベーターが静かにドアを閉じていた。


何が起こったのだろう。
今になって心臓が大きく音を鳴らしている。
キスをされた頬が、破裂しそうなくらい熱くなっている。

なんて軽い男なのだろう。
初対面でキスをされたのは、もちろん初めてだ。