孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
「霞。私、オペのことで一色先生に質問あるから。先にナースステーションに戻ってて」


操が内緒話みたいに耳打ちしてきて、私の肩をポンと叩く。


「っ、え?」


返事に詰まる私に構わず、「一色先生ー」と呼びかけながら、小走りして行ってしまった。


「ちょっ、操っ。だったら私も……」


霧生君と二人で取り残され、焦って後を追おうとした。
なのに。


「霞」


後ろ手を掴んで止められ、心臓が大きく飛び跳ねる。


「こっちこそありがとう。正直、断られるかもって思ってた。……僕のせいで」


反射的に振り仰ぐ私から、彼はぎこちなく視線を逸らして手を離した。
私はゴクッと唾を飲んでから、改めて正面から向き直った。


「断るわけない。大事な仕事に、私情を挟んだりしないよ。……まあ、意識を取られることはあるけど……」


強気で言い切るには、最近の自分が足枷になる。
ボソボソと言い淀むと、クスッと笑う声が頭上から降ってきた。


「このオペでは、余計なこと考えないで」

「! もちろん」

「僕のことも」


力んで返した途端に被せられた言葉に、思わず口ごもる。
黙って上目遣いで窺うと、霧生君は静かに睫毛を伏せた。


「オペが終わるまでは、僕もこっちに集中する。君のことを考えたりしない」

「…………」


それで、当然だ。
< 167 / 211 >

この作品をシェア

pagetop