固まるお嬢に、俺は助け舟を出す。

「返事はいいよ。さっき廊下で聞いちゃったから」
「……ろ、うか……」
「俺とは絶対結婚したくないんだろ?」

 金魚みたいに口をぱくぱくさせているお嬢に、俺はなんとか笑顔を作る。
 だけど、多分泣き笑いみたいになってたと思う。
 はー、本当、最後まで格好悪すぎて凹むわ。

「俺さ、隣国に行こうと思うんだ。退職の理由が理由だし、紹介状なんて書いてもらえないだろ?」
「……」
「行き先を隣国に決めた理由はさ、海があるからなんだ。海辺のレストランで働いて、お嬢とは正反対のこんがり日に焼けた嫁さんを見つけて、たまーにお嬢のこと思い出して、あー好きだったなーって思いながら夜の海で酒を飲むの。意外と風流だろ」

 お嬢は花束を見て固まったまま動かない。

「花を受け取るのも嫌?」
「……」

 ……そっか。
 じゃあ仕方ないな。

 俺は石像のように固まっている使用人仲間達を振り返って、声をかけた。

「皆、悪いけどこの花束貰って――」
「だめ!!!」

 強い言葉に、俺は驚いてお嬢を振り返る。

「私のなんだから、だめ!」
「受け取ってくれるの? ありがとうな。まー、花に罪はないもんな」
「……チルチルは、私が好きなの?」
「うん。だからさ、もう傍には居られないんだ」
「なんで!」
「近くにいたら、お嬢の幸せを祈ってあげられないから」

 再び固まるお嬢に、俺は苦笑する。

「本当はさ、お嬢が結婚したら俺、1ヶ月くらいで出ていく予定だったんだ」
「な……」
「好きな女が他の男と新婚夫婦やってる傍にいるとか、地獄じゃん?」

 はい、とお嬢に花束を渡して、俺はお嬢の頭を撫でる。

 そこには、目に涙を浮かべて――いや、ボロボロ涙をこぼし始めた金髪碧眼のお人形がいた。
 なんでお嬢が泣くんだよ、もー。

「じゃあ、これでさよならだ。……お嬢様、今までありがとうございました」
「やだ」
「……お嬢〜」
「絶対やだ! だめ! 認めない!」

 大号泣を始めたお嬢に、俺は困りながら、とりあえず花束を引き剥がして休憩室の机の上に置く。

 そうして振り返ると、お嬢が俺の胸に飛び込んできた。

「お嬢〜、俺の心をこれ以上抉らないでくれよ」
「……結婚、しなかったら……っ、ずっと一緒だって、思って」
「……ん?」

 とうとうしゃくりあげてしまったお嬢に、俺は助けを求めて後ろを振り向く。

 そこには、誰もいなかった。

 あ、あいつら、逃げやがったな!?

「ど、どうしたらっ、チルチルは、ずっと……っ」
「お嬢」
「ずっと一緒に、居てくれるの?」

 これはその……。
 えーと、どういうことだ?

「お嬢が俺と結婚するなら、ずっと一緒だけど」
「嘘つき!」
「なんでだよ。夫婦ってそういうもんだろ?」
「結婚したら、初夜で『君を愛することはない』って言うのよ。そうじゃなくても、仲のいい幼馴染を囲ったり、愛人を作って見せつけにきたり、本妻が流行病にかかってもろくに医者を呼ばずに死なせて、その子どもを虐待したりするんだわ」
「お嬢そんな、流行りの演劇じゃないんだから」
「でも、ナルシストもナサケナシーもヒトデナシーもクソ親父もそうだったわ」
「そういえばそうだったね!」

 お嬢が結婚不信になってる!

 なるほど、つまりだ。

「お嬢は結婚が怖くて怯んでるだけで、俺のことは大好きなんだ?」

 俺の言葉に、お嬢はポカンとした後、みるみる頬をりんご色に染めていった。

「だ、大好きは言い過ぎよ!」
「愛してるが正解だっけ?」
「チルチル!」
「お嬢はかわいーなぁ」

 俺は、お嬢を宝物みたいに優しく抱きしめる。

 そして心の中で、話を聞かずに立ち去るコースを中止した自分を激しく褒め称えた。

 いや、本当に危なかった。
 俺もお嬢を悲しませた男達ラインナップに加わってしまうところだった。
 うん、やはり報連相は人生の基本だ。真正面から話をして、本当によかった。

 俺に抱きすくめられたお嬢は、肝の座った彼女としては珍しいことに、あわあわしながら逃げようとしている。
 お嬢の力で逃げられる訳ないのに健気なことだ。

「チルチル、だめ、やだ」
「えー、お嬢は嫌なの? 俺はずっとこうしたかったんだけど」
「そ、そうなの?」
「うん。お嬢、お人形みたいに可愛いし小さいからね」
「愛玩具……」
「いや、愛玩動物的な」
「あんまり変わってない!」
「弱い力で必死に無駄な抵抗をしてる辺りがすごい可愛いよね」

 俺の言葉にさらにぷりぷり怒って、警戒してるハムスターみたいになってるお嬢に、俺はなんだか胸が一杯になる。

「お嬢、俺と結婚してよ」
「……チルチル、でも」
「でもはいいから、結婚して」
「怖いの」
「結婚してくれないなら、隣国に行ってこの国には戻らないつもりなんだけど」
「ううぅ……っ」
「お嬢、泣かないでよー」
「チルチルが、虐めるから!!」
「お嬢、俺さ。家族が欲しいんだ」

 俺の言葉に、お嬢はぱちくりと目を瞬く。

「爺ちゃんが死んで天涯孤独になっちゃったから、妻が欲しい。それがキャロルだったらいいなって、ずっと思ってた」
「チルチルは既にもう、私の家族じゃないの」

 サラッと殺し文句を言うお嬢。
 本当に罪作りな女だよ、もう!

「世間はそう見ないしね。子供も作れないし」
「……」
「奥さんになってくれた人を、沢山大事にして、ずっと一緒に過ごしていきたいんだ」
「……チルチルの奥さんばっかり、ずるい」
「そう思うならお嬢が俺の奥さんになってよ」

 口を尖らせるお嬢に、俺は彼女を抱きしめる腕にぎゅっと力を入れる。

 そろそろ結婚不信を乗り越える気持ちになってくれただろうか。

「ほら、お嬢。返事は」
「……えー」
「急に余裕ぶるじゃん」
「チルチルは、さっき声震えてたよね」
「今の今まで号泣してた人に言われたくないなぁ」
「あれは心の汗よ」
「汗っかきか」
「言い方!」

 いつのまにか、お嬢の方からも腕が回って、俺にしがみついていた。

「あのね、チルチル。お願いがあるの」
「うむ分かった、叶えてしんぜよう」
「すごい上から目線。何なの、神なの?」
「うん、お嬢の守り神。意外と似合ってるだろ?」

 そうかも、と呟きながら、お嬢は俺の胸に顔を埋めて、表情を隠してしまう。

「お嬢?」
「私の守り神様、あのね」
「おお、それ採用すんのか」
「茶化さないで」

 耳を真っ赤にしたお嬢が、小さな声で呟く。

「何でもするから、一生傍にいて」
「じゃあ結婚してよ」
「……ばか」

 こうして、俺とお嬢は結婚することになったのだ。