緋沙子はアロマサロンに到着した。入って声を掛けるとオーナーでアロマセラピストの皆川涼香が笑顔で待っている。

「緋沙子さん、こんにちは。ご予約お二名入ってますよ。今日もよろしくお願いいしますね」

 緋沙子も笑顔で応えて自分のブースに行き仕事の用意を始めた。


 このアロマサロン『涼』ではアロマセラピー、ヨガ教室、占いを行っている。
 緋沙子は最初アロマテラピーを体験しようとここへやってきた。
自分の手首を縛ってしまう癖を本格的なカウンセリングなどではなく、もう少し気楽な感じでどうにかしようと思ったからだ。

しかし解決するということはここに通ってもなかった。ただその癖はさほど生活には支障がないので結局そのままにしてしまっている。

 通っている間に緋沙子が長く占いの勉強をしていることを知り、涼香が是非ここで鑑定をしてほしいと言う事で、いつの間にか客から一緒に仕事をする関係になったのだった。

 開始時刻までまだ二十分はあるのでテーブルに小さなノートパソコンとタロットカードをセットした後、さっき図書館で借りた本をめくった。

 涼香が愛想のよい顔をのぞかせる。
「この前占ってもらった出会い。ばっちりでしたよ。今度誕生日聞いたら相性も見てくれます?」

 涼香は緋沙子よりもひと回り以上若かったが、やりたいことがはっきりしていて人生を能動的に攻めていた。
緋沙子はそんな涼香の瑞々しい前向きさに好感を持っており、涼香も緋沙子の落ち着きと包容力に魅力を感じている。
 涼香は大きく巻いた明るい色の髪を軽くシュシュで束ね背伸びをしながら堂々と歩いてロビーに向かって行った。

 開始時刻五分前になったので緋沙子は洗面所に向かい手を洗ってブースに戻ろうとすると、アロマテラピーの方にも夫婦連れでやってきているのがちらっと見えた。

男の顔が少し見えたとき、さっき図書館で本を渡してくれた人物だという事に気付いた。男の方も緋沙子の視線に気づいたのかちらっと振り向いたのち、再度見直してくる。あまりじろじろ見るのも失礼だと思い、頭を下げて緋沙子はさっさとブースに戻った。

そこへ涼香がやってきた。

「緋沙子さん。お一人目の予約の方、午後にしてほしいんですって」
「わかりました」
「それで、今みえてるアロマのお客さんのご主人が手持ち無沙汰なの。ちょっと観てあげてほしいんですけど」
「いいですよ」
「じゃ、お通ししますね」

 涼香が男を呼びに行き戻ってきた。
やはり図書館で会った男だ。

「よろしくお願いします。さっきお会いしましたよね?」
「さっきはありがとうございました」

 真正面から男を見た。

さっきも素敵な男性だと思ったが改めて向き合うとさっき会ったせいか、なんだか懐かしい気がする。(もっと前にも会ったことがあるのかな)

不思議な気がしたが気持ちを切り替えて話しかけた。

「占い師の吉野緋沙子です。よろしくお願いいたします。ご相談内容教えてください」
「僕は奥田智樹と申します。えーっと。特にないんですが。妻につき合わされてきたもので。占いなんて初めてなので何を観てもらえばいいのかな」
「今年の運気とかでもいいかもしれないですね。仕事運とか健康運とかかしら」
「じゃそれで」

 男は手を差し出した。大きいが繊細そうな爪甲の長い綺麗な手だ。

「あ、あの私、手相は見てなくてですね。西洋占星術とタロットなんです。生年月日教えてください」
「そうなんですね。セイヨウセンセイジュツというのはよく知らないですが」
「少し入力しますのでお待ちくださいね。西洋占星術というのは一般的にいう星占いのことです」

「何々座とかいうやつですね。タロットはわかりますよ。昔、漫画で題材に使われてたし」
「男性ではあの漫画でご存知の方がよくいらっしゃいます。生まれた時間までわかります?場所と」

 笑いながら緋沙子はパソコンにデータを入力した。

「今年はいい出会いがありそうですね。人生観とか思想にいい影響が出るというか。仕事も発展期に入っていますし積極的に野心をもっていい年ですよ。病気も特になさそうですね」

「適職が園芸関係とか自然にちなむものなんですが、そういうお仕事ですか?」
「残念ながら家業の板金をやってるんです。適職かあ。確かに山で木を見たりするのが好きですよ」

 優しく笑いながら言う奥田は屈託なく爽やかだ。

「奥様との相性とか観ておきましょうか?」
「それはいいです。問題もないし良かろうが悪かろうが夫婦だしね」
「男性はあんまり気にしないですね」

 緋沙子は安定して幸せな家庭を築いているだろう奥田に安心感を覚えた。

ふと自分の手首に落とされた奥田の視線を感じる。
きつく締めていた腕時計のベルトを弛めているが、かわりに奥田の視線が絡みつくような気がしてタロットカードを持つ手を引っ込めた。その所作に奥田も気づき目線を上にあげる。

「あまり観てもらうことがなくてすみません」
「こちらこそ」
「さっき旅行コーナーにいましたよね。あなたは旅行によく行かれるんですか?」
「全然です。行きたいところはいっぱいあるんですけどね。だから本で行った気になってるんですよ」
「僕もそんな感じです」

 ゆったりした時間が流れていく。
緋沙子は穏やかでリラックスした気分で奥田と話した。

「そろそろ奥様も終わるかと思いますよ」
「ありがとうございました。また図書館ででも」

 静かに立ち上がった奥田を見送って緋沙子はまた席に着いた。(なんか不思議な人だったな)

 アロマのブースから女性の声が聞こえる。

「私も観てもらいたい」
「由香里、もう時間だよ。また今度にしよう」

 奥田の妻の方が占いにも関心を持ったようだが時間がなく店を去って行った後、涼香が香りの高いコーヒーを持ってきた。

「仲の良さそうなご夫婦でしたね」
「アラフォー夫婦でああいう友達っぽいのっていいですよねえ。理想的ー」
「へー涼香さん友達っぽいのがいいの?意外」
「いつも強そうに見られるから年下の彼がいいんじゃないのとか、逆にもっとすごく年上がいいんじゃないかって言われるんだけど、ほんとは歳が近くて親友っぽいのがいいんだあ」

 華やかで強い目をしている涼香が照れ臭そうに言う。

「そういえば恋愛傾向は結構さっぱり系ですもんね。金星が双子座だし」
「ね。さて仕事しようかな。ご予約の方もそろそろみえると思いますので」

 緋沙子はコーヒーを啜りながらさっきの奥田のデータを見た。

何気なく自分の生年月日を入力して相性を見てみる。今まで見たことがないくらいの相性の良さに驚くが、実際、結婚相手とは誰しもほどほどの相性であることを緋沙子は経験上で知っていた。
夫の弘明のことを思い出す。(相性は六十点って感じよね)

すこしぼんやりしていると予約客が来たので、頭を切り替えて占いを始めた。