ツインソウル
 由香里は慌ただしく夫の智樹と小学四年生になった娘の小春を送り出し、家事を一通り済ませ、柔らかいベージュの布地のソファーに座った。
紅茶を飲みながらぼんやり今の生活のことを思う。
こうして平和な生活が送れるのも智樹のおかげだと感謝しながらも、家に居続けるのも退屈してきている。
それでも智樹の包容力と優しさ誠実さの中でいつまでもいられることに安心感を得ていた。

ふと前夫の浩太を思い出してしまった。

――由香里と智樹と浩太は高校の同級生で、部活動を通じて仲良くなった。

三人で当時流行っていたコピーバンドを組み浩太がギター、由香里がボーカル、智樹がベースを担当していた。
 小柄で丸顔の愛らしい顔立ちをした由香里を浅黒い肌をした野性的でくっきりした顔立ちの浩太と男にしては色白でしかし骨っぽくがっしりした智樹が、左大臣右大臣のように挟んで舞台に上がっていた。

そして気が付くと由香里と浩太が付き合っていた。

 浩太は付き合っている当時から女癖が悪く、軽い浮気を繰り返し、喧嘩別れしては由香里の元へすがりつくという腐れ縁のような関係になっていた。
十年以上の長い付き合いの中、本気で別れようとした矢先に小春を妊娠していること気づき、浩太もまた今までのことを改めるということで二人は結婚する。

 結婚生活も三年間は落ち着いていた。
しかしまた浩太の浮気が発覚し由香里は心身ともに消耗してしまっていた。
小春の前で喧嘩をするのも嫌だった。
浩太は出来心だと主張したが由香里にはこれからも同じことが繰り返されるのがわかっていた。
ただ離婚してどう生活したらよいのかもわからず途方に暮れていた。

そんな時に智樹から連絡があった。
高校の時から優しかった智樹はずっと二人を見守ってきてくれている。そして高校の時のように三人で話し合った。

『離婚しろよ。俺が由香里と小春を幸せにするから』

 智樹が言い出した提案に由香里も浩太もびっくりして、しばらく口がきけなかった。
『お前。何言ってるんだよ。どういうつもりなんだ』
『浩太は浮気やめないだろ。小春がいなきゃそこまで思わなかったけど。俺、由香里のこと好きだし、お前と友達でいるのもこれがいいと思ってさ』

『あ、あの。智樹。気持ちは嬉しいけど。そういう理由で結婚ってできないんじゃないのかな』
『感情的な結びつきより上手くいくと思うけどさ。今までそういうふうに結婚したいって思う相手にも恵まれなかったしな。由香里は嫌か?』
『嫌とかじゃないけどさ。もし好きな女出来たらどうすんのよ』
『もうそんなの出てこないよ。若い時に湧きあがらなかったんだから』

『智樹。由香里と結婚して俺とも友達でほんとにいられるのかよ』
『俺、平和主義だからさ』


 智樹の悟ったような達観したような物腰に由香里と浩太は考え込んだ。

そして一週間後、智樹の提案に乗ることにしたのだった。幸い小春はよく智樹にもなついていたので感情的な弊害はなさそうだったし、しばらくは小春に会いに浩太は家によく来ていた。

不思議な三角関係になっていたが三年ほどふらついた浩太も再婚し落ち着いたようで足が遠のいた。

大きな変化だったのにごくごく自然に移ろう季節のような五年間だった。

 大きく息を吐き出して由香里はまた紅茶を口に含んだ。(このまま平和に時間がたつんだろうか)

智樹と初めての夜を過ごした時に、由香里は大事に触れられることに精神的な喜びを感じた。
ただ、いけないと思いつつも浩太とのそれを比較してしまった。
強く快感を得られるのはやはり浩太だった。
しかし安らぎが欲しくなった今だんだんと智樹の優しい愛撫に馴染んでいき、刺激や激しい感情は影を潜めている。

 幸せで落ち着いているこの生活に不満は勿論ないし毎日感謝している。
ただなんとなく心のどこかに虚ろな部分がある気がする。アロマテラピーを受けるようなストレスなど、この生活では皆無だろうに。

アロマテラピストの涼香から言われた言葉を思い出す。

『なんだか本能的な部分が満たされてないようですね』

 (なんだろうなあ。本能って……)

もう一度ため息をついてから立ち上がり部屋の中をぐるりと見まわしてから買い物に出かけた。
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