あの日の記憶のことは何にも覚えていなくて、でも心にぽっかりと穴が空いているような空虚な気持ちだけは今も残り続けていた。



「桜十葉ー、入るわよー」



人の承諾も聞かずにスタスタと私の部屋の中に入ってきたお母さん。私はそんなお母さんを無視して、ベッドの枕に顔を埋める。



「桜十葉、大丈夫?昨日からずっと元気がないじゃない。急に帰ってきたかと思えば……」



裕翔くんと離れて、今日で2日目。
何だか裕翔くんの事が恋しくて、直ぐに会いたくなってしまうのは私の悪いところだ。



「なーに、裕翔くんと喧嘩でもしちゃった?」



「ううん、……」



私が裕翔くんには考える時間が必要だと直感的に思って、離れただけ。それだけなのに、何だか昨日から不安で不安で仕方ないのは何故だろう。



お母さんなら、裕翔くんのこと、何か知っているのかな。



「お母さん、……裕翔くんってさ。一体何者なんだろう?」



お母さんにそんな事を聞くなんて馬鹿げているとは思ったけれど、それでも聞いてみたくなった。



でも、お母さんは顔を一瞬強ばらせ、私を真っ直ぐに見つめた。



「桜十葉は、まだね……、何も知らなくていいのよ。だから、ちゃんと裕翔くんのそばに居るの。分かった?」



何かを恐れるように。何かを信じるように。
お母さんはいつもとはかけ離れている真剣な顔をして言ったのだ。



私はただ、黙って頷いた。
意味も理由もそんな事、全然分からない。
分からないから、不安になる。
分からないから、怖くなる。