細い腰に魔王が腕を回して抱き寄せれば、理子はビクリッと体を揺らした。

 触れれば肌のやわらかい感触と体温の高さを感じた。
 羞恥心から背中を向けた理子を虐めてやりたくなり、女の背中に隙間なく魔王は体を密着させる。
 それだけで、女の心臓は壊れそうなくらい速く脈打つ。
 暫くの間、何やら思案していたらしい理子は、腰に回した魔王の手に触れる。
 握り返してやれば、緊張のあまり固くなっていた理子の体から力が抜けていくのが分かった。



 魔族は力が全て。

 魔王は、多くの先代の魔王の息子の一人として生まれ、生まれながら強い魔力を持っていた。
 幼い頃より、魔族達は王子だった魔王を畏れ跪く。

 跪く男に色目を使われることも多かった魔王は、興味本位で男の相手をしてやったこともあるが、筋肉質の男を抱いても正直あまり面白くなかった。
 大概の女は、気を持たせる素振り一つで簡単に転がり落ちる。
 女と褥を共にすれば、自ら股を開いて寵をねだりだす。
 一時の愉悦の後に迎えるのは滅びだというのに、愚かな女達。
 血の気の多い魔族と同じく、魔族や人の女を犯して精を吐き出し、女が絶命する前に体を引きちぎる遊びに興じたこともあったがすぐに飽きた。
 後処理が面倒で、つまらないと感じた。

 愚かな魔女の力により偶然繋がった山田理子と名乗った異世界の女は、魔王を魔王と思わぬ不敬な態度をとり、魔王を恐れずに反抗をするような豪胆な女だった。

 変わった女。
 退屈しのぎにはなる。

 ただそれだけの理由で、魔王は理子に話しかけていた。
 魔王からの夜伽への誘いに、嫌そうに顔をしかめた女は……理子が初めてだった。

「ひゃっ、あまりくっつかないでください」
「うるさい」
「うう……」

 無理矢理抱き寄せて、不承不承の体でも完全に拒絶しない理子に、何処か安堵する自分に気付いて……己を嗤う。



 静かな寝息が聞こえ、理子が眠ったのが分かり、魔王は体を起こした。

 眠る理子の薄い肩を軽く押せば、簡単に体は仰向けとなる。
 肩より少し長い黒髪の、顔立ちは少し幼く見えるが何処にでもいそうな、平凡な女。
 くるくるとよく動く黒曜石の瞳は小動物のようだ、と最初に見た時に感じた。

 興味を惹かれるのは、魔王に決して屈せず飽きさせない面白い反応を返す女だからか。
 指先に乗せたほんの僅かな、爪の先程度の量の魔力を理子の心臓へ流し込む。

「んっ、」

 心臓が大きく脈打ち、理子は苦しそうに眉間に皺を寄せた。
 荒い息を吐く理子の額には、うっすら汗が浮かぶ。

 極僅かな魔力を与えただけで、軋むとは紙のように脆い心臓だと思う。
 魔力が存在しない異世界から来た、魔力に対する抵抗力は皆無の理子。
 彼女は世界の誰よりも弱い存在だ。
 軽く爪を立てれば柔い肌は裂け、指に力を込めれば脆い骨は簡単にへし折れるだろう。

 なんて、脆弱な存在。
 赤子と同じく庇護されなければ、この世界では生きていけない。だが、この脆弱な体を作り替えられるならば?

 脆いのならば、体内に魔王の魔力を流し込み時間をかけて馴染ませ、細胞一つひとつから強化していけばよい。
 他者への魔力の譲渡は、譲渡した相手の存在を歪める恐れがあり、失敗すればキメラを造る可能性がある危険な行為。
神の怒りに触れると、人の王や魔術師達は禁忌とした。
 しかし、人の禁忌は人の治める世だけのもの。魔族を縛る制約には成らない。

 滅多に無いが、高位魔族が下位の者を娶る場合、魔力の譲渡は秘密裏に行う手段の一つでもあった。
 魔力を持たない世界の住人である理子に、魔力を流し込めばどうなるかは分からない。

(……すぐに壊れてしまってはつまらぬからな)

 側に置き、時間をかけて魔力を体に馴染ませていき、自我を壊さないよう慎重に肉体を変質させていけばいいのだ。

 魔力で強化させ、魔王に近しい存在となれば、少なくとも肉体は頑丈になり怪我や病気、人の短い寿命とやらで死ぬことはない。
 この先ずっと、自我を変質させずに魔王を飽きさせないでいてくれるのならば、じわりじわり逃げ道を塞いでいき籠の中へでも閉じ込めてしまおうか。と、魔王は口角を上げる。

 傍に置いても不快にならない、無欲で貴重な女。
 外見の変化は良いが、もしも自我が変質して心もキメラと化したら……壊してしまえばいい。

「どうなるか楽しみだな、リコ」

 込み上げてくる笑いを抑えず、肩を揺らしながら魔王は嗤う。

なにも知らずに眠る、理子の額に触れるだけの口付けを落とした。