「……抑え込む。ゆっくり息をしろ」

 意識が朦朧とし、呻く理子の荒い呼吸を繰り返す胸の上に手を当てた。
 胸に当てた手のひらから理子の体へ魔力を流し込む。

「所有物扱いが嫌ならば、お前はどんな扱いなら納得するのだ」

 賓客、いや妃の扱いをすれば満足するのか?
 否、この女はそんなモノは望まない。
 他の女と同じく、簡単に妃の位を求めてきたらつまらないだけだ。

「わた、しは、人だよ?」

 ベッドに横たえた理子の口から、掠れた声が応える。

「魔王様のモノじゃなくて、友人とか、モノ以外の、一個人の扱いをして?」

 振り返れば、上目遣いで見上げてくる黒曜石の瞳とぶつかる。

(友人? 一個人? 何の事を言っている?)

 何故、この女は他の女のように縋り付いてこない。
 ただ一言「寵が欲しい」と言えば良いものを。

「わたし、魔王様にいっぱい助けてもらったから、魔王様が大変な時は助けたいし、寂しい時は傍に居る。貴方に大事な相手が出来るまでだけど、ずっと一緒に寝られる人が出来た時は、ちゃんとお祝いもしたいよ」

 一体、この女は何を言い出すのかと眉を寄せれば、ポロリと理子の瞳から涙が零れ落ちた。

 空間を隔てた先で、泣いている理子が哀れで此方へと喚んだのに、今度は魔王が泣かすとは。
 女の涙など鬱陶しいものだと魔王は思っていた。  
 魔王の周りで女が泣くのは、自らの命乞いや魔王の感心を引くための手段。自分を装飾するために泣いているのだと、愚かな行為だと見下していた。

 訳のわからない事を言い出す、此奴もまた面倒な女。だが、黒曜石を潤ます涙が美しいものだと初めて思ったのも事実。

「嫌いって言って、ごめんなさい」

 魔王は、驚愕のあまり目を見開いた。

 呆れるほど無欲で馬鹿な女。
 この一言で、完全に毒気を抜かれてしまい、魔王は深い息を吐いた。

「リコ、お前は本当に、想定外な女だな」

 想定外な事を言い出す、馬鹿が付く程素直な女。
 何てことだと、思わず片手で顔を覆う。

 不思議そうに見上げる理子の顔を覗き込み、額へ口付けた。
 何をされたのか理解出来ていない理子は、ポカンと口を開けたまま固まる。
 固まる理子の目元に残った涙が勿体無く思えて、魔王は指を伸ばして指先で拭い取った。
 ふと興味から、指先に乗せた涙の滴を舐める。

 舌先に、僅かに甘い、甘い味がひろがっていく。

「塩味があると聞いていたが、案外、甘いものだな」

 なにをされたのか、ようやく理解した理子の頬が羞恥で真っ赤に染まった



 規則正しい寝息が聞こえ、背中を向ける理子が寝入ったのが分かり、魔王は体を起こした。

 理子の肩を引き寄せ仰向けにする。
 魔力を暴走させた疲労から、深い眠りへ落ちている理子の閉じられた目元にはうっすら涙のあとがあった。

 甘い、甘い涙の味。

 涙だけであの甘さならば、理子の血肉を喰らえばもっと甘く美味なのだろう。

 身体中に口付けを落とし、舌を這わせて、理子が泣いて許しを請うまで心が壊れる寸前まで抱き続け、快楽で狂わしてやりたい。
 他の男へ目を向けぬように。魔王の傍から離れられないように。
 しかし、今はまだ手を出すことは出来ない。
 魔王が理子を抱けば、彼女へ精を注げば体液に含まれる魔力に耐えきれず体が崩壊して死ぬ。

「いっそのこと、引き裂いて喰ってしまおうか」

 快楽に染まった中で喰うのは美味であろうが、喰らえば理子は死ぬ。
 一時的な快楽で殺してしまうのは惜しい存在だと、魔王は彼女を認めてしまっていた。

 喰うことも抱く事も出来ない女。

 首筋から臍下へ、ネグリジェ越しに手のひらを滑らせば理子は擽ったいのか身を捩らせた。
 臍下に手を置き、術式を組み立てる。
 手のひらの下、ネグリジェをすり抜けた先、理子の肌へ青白い魔方陣を展開させた。

「手を出せぬのに、我以外の男がお前に触れるのは……赦せぬ」

 クツリと込み上げてくる笑いを抑え、魔王は魔方陣を理子の胎内へと侵入させる。

「んっ」

 毎夜与えている魔力と異なる性質の魔力に、理子の眉間に皺が寄った。

 胎内へ仕込んだのは、理子の中へ自分以外の者が入れば発動する呪い。
 魔王以外の者が理子を抱けば、即発動し絶命するように。

 魔力の馴染み具合から、理子の細胞全てが変容し完成するのは、もうそう遠くない時期。
 だからこそ、他の男に手を出されるのは赦せなかった。

「完全に、我の魔力が馴染み、身体中全ての変容が終ったその時は……楽しみだな、リコ」

(さあ、どうしてくれようか)

 喉を鳴らした魔王は、何も知らずに眠る理子の頬から首筋、胸元へ触れるだけの口付けを落とした。