深い藍色に埋め尽くされた海底。私たちの王宮があるのはそんなところだ。時折り日が射し込んで、光のカーテンができるけど、基本は暗くて静かで瀟洒な美しい場所。
 でも、海の上は違う。水面がお日さまに照らされ、白、銀色、浅葱、瑠璃色、紺碧……一瞬ごとに色を変え、いつまでも見飽きない。
 朝焼け、夕焼けの時間はそこに暖色が加わり、彩り鮮やかな海の表情に、ほぅと感嘆の溜め息をついてしまう。

 私はそこにぷかりと浮かんでひとり待っていた。
 ただひたすらに待っていた。
 王子様が通りかかるのを。

(今度は失敗しない。絶対に)

 その決意を胸に秘めて──。


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 船が現れたのはよく晴れた日のことだった。
 雲ひとつない青空を映して、海はまさにスカイブルー。
 波も穏やかで、私はゆらゆら揺れて半ば微睡んでいた。

 そこに豪華な帆船が現れた。
 白い船体は赤と金の線で装飾され、船首には人魚の像が飾られているのが皮肉だ。

(あの船かしら?)

 なぜか毎回出会いのときは違った。
 海で目が合うだけ、嵐で彼を助ける、彼が泳いでいるときに出会う……。でも、結果はいつも同じで、私は恋に破れ、海の泡になって消えた。

 ふと目をやったとき、待ち望んでいた人が甲板に姿を見せた。
 整った横顔、どこか遠くを見つめる目は涼やかで、距離があって見えないけれど、その瞳が深海の色なのを知っている。

 ズクンッ

 王子様を見ただけで、私は今回も恋に落ちてしまう。
 それと同時に何度も経験した悲しい物語の結末が浮かんで、胸が刺されたかのように痛む。

 ──どうしてこんなに彼を求めてしまうのだろう。この気持ちを知らなければ、私は幸せに生きてゆけたのに。

 胸を押さえ、待っている間に何度も自問した問いを繰り返す。

(でも、決めたの。今度は彼を手に入れるって)

 私は声を張り上げ、歌いだした。
 甘く切なく誘うように。

 ──私はここよ。こっちへおいで、こっちへおいで〜〜♪

 人魚の歌声は魅惑的で人間にはとうてい逆らえない。
 魅入られた王子様は、ふらふらと舳先に近寄ると、自ら海へ飛び込んだ。私のもとへ来るように。

 歌に夢中になった人々はなにも気づかない。
 私は王子様のところへ泳いでいき、彼を抱きしめた。

 ──私のものにおなりなさい。私と一緒に暮らすのよ〜〜♪

 彼の濡れた金髪を梳くと日に反射してきらめいた。
 海底の藍色をした瞳はぼんやりと焦点を結んでいない。それでも美しいその顔は、焦がれて焦がれて気が狂いそうになるほど待ち望んでいたものだった。

 うっとりと私の歌を聴いている彼は幸せそうな表情でうなずいた。
 私は彼に口づけた。
 初めての口づけに心が震える。

 唇を合わせ、ふぅと息を吹き込んだ。
 何度も何度も。
 特別な息は、海中での生活を可能にする。

(これであなたを海底へ連れていけるわ)

 王子様を抱いたまま、私は海底の王宮を目指して潜っていった。


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