ぼくらは薔薇を愛でる

報告

 その日は暗くなってから雨が降り出した。部品を作る工房との打ち合わせから帰ってきた父と共に夕食を摂っていた時、クラレットはレグの話をした。茶会に誘われた事に加えて、先日ワンピースを買った事を話しそびれていたのだ。

「お父様、今日ね、お友だちができたの」
 食べる手を止めてにこやかに話す。

「そうか、それはよかったな」
「それで明後日の昼過ぎ、お茶会へ招待されました、行ってもいい?」
 思えばクラレットには友と呼べる同年代の知り合いが居ない。まだ学園へ入る前だから仕方ないが、母方の親戚との付き合いだけで、父方の親戚とは一切関わりが無いから、年頃を同じくするいとこがいるのかもわからない。だから、知らない街とはいえ友と呼べる知り合いができた事はクラレットにとっても、オーキッドにとっても嬉しかった。
 マナーなどはカーマインのマリアから躾けてもらっているので心配はない。初めての友人宅という喜びと緊張感はクラレットを高揚させた。

「招待、ということは貴族の子か、なんという家の子だい?」
 あ、と思い出し、ポケットにねじ込んでいた招待状を取り出して名を確認する。

「えと、ジ……レグ・ジョンブリアン。街で色々働いてる男の子なんだけど、初めは本屋さんで出会ったの。その次に街を歩いていて声をかけられて、昨日久しぶりに会えたのよ。それで招待状をもらったの」
 そう言って立ち上がり、父へ招待状を手渡した。

「なっ?! ジョン、ブリアン?!」
「え、うん、そう言ってたわ」
 差し出してきた招待状の書面を凝視するオーキッド。

 ――まさかジョンブリアンだなんて。

「あの、もしお仕事に差し障りがあるようならお断りを……」
 父の何か動揺したような様子にクラレットは困惑した。もしかして行ったらいけないのだろうか、仕事に関わるなら行かないほうがいいのかもしれない。

「レグという子は、街で働いてるのか?」
「うん、大きくなったらやりたい事があるから今から準備してるんだって。私より二歳上の男の子で、礼儀正しくて、黒い髪をしていて、青い瞳の背筋がきれいな人! ……行ったらだめなおうち?」
 礼儀正しくて黒い髪……まさかな。

「いいや、大丈夫だよ行っておいで。この方は信頼できる家の方だから安心おし」
 不安げに見上げるクラレットを軽く抱きしめた。

「お父様はレグのおうちをご存知なの?」
「知っているというか、知り合いと同じ名前だから驚いただけだよ、心配要らない。とびきりかわいくしてもらって、楽しんでおいで」
「はい!」
 父に返事をするのと同時に、部屋の隅に控えているパープルに向けて行った。

「あのワンピース、ちょうどいいかしら」
「そうでございますね」
 先日購入した、小さな花の刺繍が入ったワンピース。あれと同じ生地でリボンを作り終えていて、早速着る機会ができたとクラレットは喜んだ。

「必要なら洋服を買いなさいよ?」
「うん、仕立て屋ではぎれを買った時、ワンピースも一着買いました、それ着ていきます」
「そうかそうか。父は明日明後日も出ないとならない。馬車を頼んでおこうか」
「レグが迎えに来てくれるって言っていたから大丈夫です」
「そうか。なら安心だ」

 昼間にたくさん歩いた日は、程よい疲れが出るせいか、寝つきがよかった。食事が済んだあとは部屋で過ごしていたが、クマのぬいぐるみの生地合わせをしていたと思ったらうつらうつらし始めた。パープルにより着替えを行ってベッドに寝かせれば、規則的な寝息が聞こえてくる。

 雑務を終えたオーキッドは寝支度を整えて寝室へ来た。先に就寝している娘の布団を掛け直してやり、そういえばと思い立って、例の招待状を明かりの下でもう一度確認していた。
『レグ・ジョンブリアン』と書かれた招待主の名。仕事柄、隣国のこととはいえある程度高位の貴族ならばその名くらいは把握している。

 ――ジョンブリアン家はこの辺り一帯の領主だ。現国王の妹御が降嫁されたはずではないか。……ではレグというのは王妹の御子息か? 記憶の中のジョンブリアン侯爵家にクラレットと年の頃を同じくする子供が居ただろうか。

 オーキッドは立ち上がり、窓辺に寄る。皮膚科医の話を思い出した。痣のある娘――。たまたまだろう。

 夜半過ぎ、雨はあがっていた。
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