ぼくらは薔薇を愛でる

王子の願い

 自室に戻ってきたレグホーンは、ソファでうたた寝をしている弟妹の従者を呼んだ。それぞれの部屋へ連れ帰ってもらって、自分も寝支度を整えながら先ほどの父との会話を反芻する。

『レナード王のように、自分の妃となる方は自分で見つけてみたいのです。夜会に招待する中からではなく、己の足で歩いて、その先で出会い、決めたいのです』

 無謀なお願いだとわかっていた。

 少し前まで、自分は長男でいずれ王になるから、それこそ枢機院が推薦するような令嬢を妃に迎えるべきだと、そう思っていた。だが一冊の本に出会ってその考えは変わった。数代前のレナード王の生涯の記録を読み終えて、言いようのない高揚感が湧いてきた。
 レナード王は若くして玉座に着いた。若さ故に家臣たちからは傀儡と言われ続け、そんな中、城を出た先で出会った令嬢に心を動かされて彼女を妃に迎えた。
 そういう方法もあるのだと気づかされた瞬間だった。敷かれたレールだけが、自分の道では無いのだ。レナード王は即位後の行動だったから城中が混乱し、綱紀を革めるまで時間を要した。だが、自分はまだ子供だ。今から動いていけば、その時が来たら……。

 許されるはずはないと思いつつ、だが今言う時だと何かに背中を押された気がした。父は厳格だが頑固で融通の利かない方ではない。だから大丈夫だ。そう確信して思い切って言ってみたところ、頭ごなしに反対する言葉がくる代わりにいくつかの質問が飛んできた。

『その為にはどうしたらいいと思うか』
 背もたれの高い椅子に深く腰掛けていた父は座り直し足を組み替えた。

『市井で民の暮らしを学びたいと思います』
『なぜ民の暮らしなのだ。ここでたくさんの書物や先生方、それに15歳になれば学園へ通う。そこで出会う者達から話を聞いたりすればよかろう』
 眉を顰ひそめる父王。

『15歳になってからだと遅いと思ったからです。学園は学園で学ぶべき事があるはずで、それに専念したいからです。――自分で歩いて、という事は旅に出る事と同義です。旅に出れば城にいては知り得ない色々な事が起こるから、今から市井で民の暮らしぶりを見て体験して、できるなら働くこともして、その起こるであろう色々に対応できる知識や知恵や自信を得たいのです』
『ふむ。で、いつ旅に出たいのだ。15歳から18歳までは学園がある』
『はい、ですから、今は市井で学び、15歳から学園に通って卒業したら、と考えたのですが如何でしょうか』
 レグホーンの話を聞いていた父王は、堪えきれずに破顔し、がはは、と笑った。

『よし! 考えておこう。ただし、一人も選べなかったら、の話だ。市井に降りたいがために誰も選ばないようなことは赦さん』
 笑いながらも、赦さないと言った眼光は鋭く自ずと背筋が伸びた。

『承知しています』
 そう答えはしたものの、何となく当日招待される令嬢の中には、痣が疼くような者がいる気がしなかった。そんな神託まで受けたこの痣の対なのだ、たかだか一国内だけの令嬢の中に居るとは思えない。居たならその者が生まれる時も神託があったはずだし、そんな事があれば報告が上がるはずで、それが無いと言うことは――そういう事、だと思う。

 だが遠方から来てくれる家もあるというからには、誠意を持って応対しよう。市井に降りる話を考えるのはそれからだ。
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