友達、時々 他人
7.傷を舐め合って
「俺、二十七歳まで童貞だったんです」
「――はい?」
続けざまのカミングアウトに、素っ頓狂な声が出てしまった。
「初めて出来た恋人は、三歳年下の大人しいお嬢様タイプでした」
「はぁ……」
どうリアクションしていいのかわからずにいる私を尻目に、戸松さんは真剣な面持ちで続ける。
「手を握っただけで顔を赤らめる女性で、勝手に彼女にも男性経験がないと判断してしまいました。が、その判断は大間違いでした。ホテルのスイートルームで、俺は正直に自分に経験がないことを伝えました。そうしたら、彼女は嬉しそうに笑って、『大丈夫です』って言ったんです」
彼は眼鏡を外し、ふぅっと息を吐いた。
眼鏡を外すと、勇太に似ている。
「彼女は処女どころか、かなりの熟練者でした。俺は彼女にされるがまま、童貞を卒業しました。ですが、彼女に抱いていた幻想が打ち砕かれたショックと、それに相反して初めてのセックスの興奮に動揺し、しばらくは何も手に着きませんでした」
何が言いたいんだろう? と思いながら、私は梅酒を味わっていた。
仕事柄、話を聞くことには慣れている。
この美味しい梅酒がなかったら、途中でその話の意図を確認したかもしれないけれど、彼の昔話がどこに行きつくのかに興味がないわけでもなく、私は黙って聞いていた。
「悶々としていた時、あなたに出会いました」
突然の振りにむせかけて、梅酒が鼻から出そうになった。
「家に遊びに来たあなたは、紹介するのを面倒がった勇太に代わって、自己紹介をしてくれました。俺のあなたへの第一印象は『とてもしっかりした、礼儀正しいお嬢さん』でした」
「はぁ……」
私はうろ覚えだが、勇太のお兄さんはやたら真面目で厳しい人だと聞いていたから、最初が肝心だときっちり挨拶をした記憶はある。
「それから、勇太に嫉妬しました」
「嫉妬?」
「はい。俺はつい最近、ようやく初めての恋人が出来て、けれど思っていたような女性ではなくて、初セックスも散々で。なのに、勇太は高校生のクセに可愛い恋人がいて、両親にも可愛がられて、ずるいと思いました」
あれ? と思った。
勇太からは、両親は兄ばかりに期待をして、自分のことは顧みないと聞いていた。
「俺も学生時代に遊び心を持っていれば、二十七歳にもなって女性に翻弄されることもなかったのにと、落ち込みました」
戸松さんはグラスをグイッと傾け、ゴクゴクと梅酒を流し込んだ。結構アルコール度数は高いから、こんな飲み方をしたら、すぐに酔ってしまう。私は部屋の受話器を上げて、梅酒のお代わりを二杯と、ミネラルウォーターを注文した。冷たいおしぼりも。