楽園 ~きみのいる場所~
15.自分勝手な愛
「くそっ!」
人目の多い場所だからと、チェーン店のカフェを選んだ。
岡谷さんと今後について話している最中の、彼がトイレに立ったほんの数分の出来事だった。
俺が全力で体当たりしても一センチも動かないほど屈強な男三人に取り囲まれたと思ったら、他の客から死角になるように計算された角度で喉を掴まれた。
相手はプロなのだろう。
苦しいと思った瞬間には解放されたのに、声が出せない。声帯を麻痺させるツボでも押されたのだろうか。
声が出ないことに気を取られている隙に、簡単に肩に担がれ、ついでに両手首と膝を縛られた。
男が着ていたロングコートをかけられたから、傍目には縛られているのはわからないだろう。
具合が悪くなって運ばれているようにでも見えたなら、奴らの目論見通りだろう。
ワゴン車の後部座席に転がされ、拘束を解こうともがいてはみたが、擦り傷を深めるだけだった。
ポケットに入れていたスマホが鳴り、奴らに奪われた。財布も。
抵抗も虚しく、この日から明堂家の一室での軟禁生活が始まった。
明堂家の無駄に広い屋敷の中には、俺の立ち入ったことない部屋が多数あるが、この部屋もその中の一室。
部屋と言うよりはワンルームのアパート。
十畳ほどの部屋にはシングルベッドと片手の長さほどのローテーブルが置かれ、壁際には台所、一つだけあるドアの向こうには風呂とトイレがある。窓には転落防止の柵と、ドアには外から鍵がかかっている。
雰囲気は間宮の家のリフォーム前に似ていたから、作られて三十年から四十年といったところだろうか。ただ、水回りだけは新しいようだった。
昔の当主が愛人でも囲っていたのだろうか。
この状況を監禁ではなく軟禁だと思ったのは、冷蔵庫いっぱいの食料と取り上げられたスマホが与えられたから。
自由になり、真っ先にスマホを手にした。
時刻は既に二十時を過ぎている。
楽が心配しているだろう。
いや、それよりも楽は無事だろうか。
登録されている楽の番号は「おかけになった電話番号は――」とお決まりのアナウンスが流れるばかりだった。
仕方なく、楽の元夫にかける。
『明堂――悠久さんですか!?』
名乗る前に、聞かれた。
「はい!」
『藤ヶ谷修平です』
「楽は!? 楽は無事ですか!??」
『彼女は札幌に帰しました。彼女の父親が連れ戻そうとしたので』
「独りで!?」
『はい。すみません。明堂さんと楽が東京に戻ることが知れたのは、私の母のせいです』
「え?」
『私の母が楽と私を復縁させようと企て、彼女のことを調べさせて父親に告げたんです。申し訳ありませんっ』
目の前で頭を下げられているような、切羽詰まった、本当に申し訳なさそうな声色。
『明堂さんと連絡がつかなくて、私の独断で楽は札幌に帰しました。彼女まで連れ戻されては、私にはどうすることも出来ないですし』
「そうですか……」
ひとまず、楽だけでも無事に帰れたのなら安心すべきだろう。
独りでどれほど心細いだろうと考えると、胸が痛む。
『そろそろ飛行機は到着すると思います』
「わかりました。楽を逃がしてくださってありがとうございます」
部屋の中をウロウロしていた俺は、楽が無事だとわかってほっと息を吐くと、ベッドに腰を下ろした。
ウィークリーマンションのベッドよりも硬い。