【コミカライズ】おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第14話 陛下の婚約者選び?

「マリネット先生! おはようございます」

 椅子に座ってお絵描きをしていたジーク様は、私を見るなり立ち上がり、手を広げて走ってきた。思わずラルフ様の手から自分の手を放し、ジーク様を抱きとめる。

(ほら、ラルフ様と手を繋いだけど大丈夫だった。やっぱり、手袋越しなら大丈夫なのよ)

 呼吸をするように意識していたのに、やっぱり私は無意識に息を止めていたみたいだ。吐く息と一緒に肩の力が抜ける。
 私の腰に抱きついてドレスに顔をうずめたジーク様はパッと顔を上げ、満面の笑みだ。

「ラルフと仲直りしてくれたんだね! 先生、ありがとう。だーいすき!」
「ジーク様、昨日はケンカしてしまってごめんなさい。この通り、仲直りして手をつないで参りましたよ」
「うん! それ、エスコートって言うんでしょ? すごいかっこよかった! もう一回やって!」

(……え?)

「ジーク様、もう一度とは……」
「あのね、来月ぼくの『こんやくしゃ』っていうのを選ぶお茶会があるんだって。女の子がいっぱい来るから、ぼくもエスコートしなきゃダメなんだ。だから、教えてくだしゃい!」

――婚約者を選ぶお茶会、と聞こえたような気がするけど私の気のせいだろうか。ジーク様はまだ五歳。お相手候補となるのは年の差二歳くらいまでとしても、わずか三歳の幼いご令嬢まで王城にご招待するおつもり?
 思わずコーラ様の方を振り返ると、彼女も私を見て困った顔をする。

 私の隣にラルフ様が膝を付き、ジーク様と目線を合わせた。

「ジーク様。婚約者を選ぶとは、どなたからのお話ですか?」
「ヒルデおねえさまから言われたの。それで、お茶会のことをお話したいから、あとでマリネット先生たちを呼びますって言ってたよ」

 摂政であるヒルデ様からの話ということなら、お茶会が開かれるというのは本当のことだろう。きっと私がヒルデ様の元に呼ばれるのは、お茶会までにジーク様にそれなりのマナーを身に着けて頂くように頑張れという意味だ。

(ラルフ様の言う通り、言葉遣いをもっと早く何とかしておくべきだったかしら。それに、候補者のご令嬢たちの情報も頭に入れておかなければ。幼い子供たちがまさか一緒にダンスはしないだろうけれど、エスコートのマナーくらいは身に着けておくべきね)

 やることが山積みで悶々と頭を抱える私に、ジーク様は抱きついて離れない。

「マリネット先生、ぼくが『こんやくしゃ』を選ぶんだよね?」
「……私はまだお話を聞いていないので何とも申し上げられないのですが、ジーク様は、お友達とたくさんお話して、楽しく過ごしていただければ大丈夫だと思いますよ。あとでちゃんと詳しく聞いておきますね」
「ねえ、婚約者ってどんな子を選べばいいの? おかあさまみたいな人?」
「え?」
「おとうさまが、おかあさまと一緒にいる時はいつもニコニコしてたんだよ。お仕事の時はこわーい顔だったのに! ぼくも、いつも一緒にニコニコできる人と結婚するんだあ」

 碧色の瞳を輝かせて少し首をかしげながら、ジーク様は再び前王妃様のことを口にする。たった二歳で迎えた愛する肉親の死を、幼子が理解できるわけがない。
 こうして何年もかけて、前王妃様とはもう二度と会えないのだということを、少しずつ悟っていくのだろう。

 ふと気付くと、私はジーク様を抱き締めていた。涙がこみあげそうになった顔を見られないように、思わずジーク様の小さな肩に顔を埋める。
 堪えられず鼻をすすりそうになった瞬間、あの白い手袋(グローブ)をつけた大きな手が、私の腕の中からひょいとジーク様を持ち上げた。

「ジーク様、窓の外に珍しい鳥がいますよ。抱っこして見せて差し上げましょう」
「鳥さん?! ぼくね、白い羽の大きな鳥がすき!」
「それはちょうど良かった。見てください、真っ白な羽を持った鳥ですよ」

 ラルフ様はジーク様を抱いたまま、窓から木の上を指さした。

(ちょうど良いタイミングで珍しい鳥が飛んで来てくれて良かった。私の泣き顔を見たら、ジーク様が何と思うか……)

 コーラさんがそっと差し出してくれたハンカチを借りて、私は涙を拭いた。
< 14 / 48 >

この作品をシェア

pagetop