やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?
第一章 やり直しの人生では、仕事に生きます!

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「今宵、旦那様は晩餐を欠席なさるそうでございます」

 遠慮がちな執事の台詞に、チェーザリ伯爵夫人ビアンカは、内心ため息をついた。「今宵()」と表現しなかった執事の気遣いが、身にしみる。どうせ夫テオは、浮気相手の所にでも行っているのだろう。

「せっかくのニコラ特製スープを召し上がれないなんて、残念だこと。あっ、旦那様の分のお食事だけれど、保存が利くものは、明日に取り置いてちょうだいね。もったいないから」

 ビアンカは、給仕に素早く待ったをかけた。貧乏くさいことは、百も承知だ。それでも、奥方である自分が細かく目を光らせて倹約に励まねばならないのは、ひとえに夫テオの散財のせいである。

(度重なる浮気に、金遣いの荒さ。この結婚、とんだ外れくじだったわ……)

 ビアンカはしみじみ思った。二年前、十六歳で社交界デビューした日の光景が、まざまざと蘇る。あの頃は、楽しかった。いよいよ大人として認められるのだという自信と、素敵な恋が待っているという期待に、胸を膨らませていた。

 デビューの思い出と共に、ビアンカの脳裏に必ず蘇るのは、一人の男性の姿である。このパルテナンド王国の第二王子、ステファノだ。当時は十九歳だった。

 デビュタントボールでステファノを一目見た瞬間、ビアンカは思わず赤くなるのを感じた。噂には聞いていたが、実際目の当たりにする彼は、驚くほどの凜々しさだったのだ。燃えるような赤い髪に、意志の強そうな漆黒の瞳。ほどよく日焼けした肌に、精悍な顔立ち。……そして何よりも、鍛え抜かれた肉体。ステファノは、あらゆる武芸に秀で、(いくさ)の際は、先頭に立って自ら戦うのだという。その活躍ぶりには際立つものがあり、令嬢たちは憧れを込めて、彼を軍神マルスに例えたものだった。

 わずか一瞬ではあったが、ビアンカはあの時、ステファノと目が合った。彼は、ビアンカに微笑みかけてくれた。もちろん、そこに意味を見出すほど、ビアンカは自惚れ屋ではない。デビューしたばかりで緊張している娘が、微笑ましかっただけのことだろう。それでもあの出来事は、ビアンカにとって一生の思い出となったのだった……。
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