やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

9

「ビアンカ嬢。一週間、このような素晴らしい食事を提供してくれたことに、礼を言う。騎士団寮での仕事もあるというのに、大変だったであろう。ご苦労であった」

 ステファノは、ビアンカの方を向き直ると、真剣な口調で告げた。黒曜石のような美しい黒い瞳でじっと見つめられ、ビアンカは慌てた。

「とんでもありません。お口に合ったのなら、幸いでございます。……そして騎士団寮の仕事については、気遣っていただくには及びません。別にいる寮母が、何かとサポートしてくれるのです。今日も、お休みをいただきました」

 掛け持ちは大変だろうと案じたエルマは、今日は騎士団寮の仕事を休んでよいと言ってくれたのだ。時間ができたビアンカは、この後カブリーニ家へ行く予定である。母にイヤリングを返却し、エルマに返すドレスを手入れするつもりだ。

「そういえば、今日は実家へ帰ると言っておったな」

 前にチラッと話したのを覚えていたらしく、ステファノは頷いた。なぜか、微笑を浮かべている。

「……どうかなさいましたか?」
「いや。ところでそなた、以前こう言っていたな。迅速な疲労回復には、砂糖と果物がよい、と」
「ええ……?」

 突然その話題に戻ったことに、ビアンカはきょとんとした。ステファノは、そんなビアンカの前に、煮梨の皿をスッと差し出した。

「そうは申しても、この一週間は多忙だったことであろう。そなたも、疲れを癒やすべきだ」
「これを、私に……でございますか!?」

 ステファノの意図を察して、ビアンカは当惑した。

「ですが、これは殿下のためにお作りしたものですし……。私なら、別にいただきますので、このようなお気遣いは……」
「遠慮するな。早めに摂取した方がよいと、申していたではないか」

 なおも固まっているビアンカを見て、ステファノはクスリと笑った。焦れったくなったのか、残っていた煮梨をスプーンですくうと、ビアンカの口元に差し出す。

(ええーー!?)

 王子殿下に手ずから食べさせてもらうなんて、恐れ多すぎる。というより、恥ずかしい。悶死しそうだ。唯一の救いは、給仕が席を外しており、二人きりであることだ。ステファノも、それを見越しているのだろうが。

 とても、目が合わせられない。ビアンカは、目を閉じると、思い切って口を開いた。スプーンのひんやりした感覚が、口内を襲う。だがそれは、すぐに煮梨の甘みに取って代わられた。柔らかくて、口の中で蕩けるようだ。

(んー、美味しい、かも)

 自画自賛ではあるが、ビアンカはそう思った。ゆっくり咀嚼してから瞳を開けて、ビアンカはドキリとした。すぐ目の前に、ステファノの顔があったからだ。これほど接近されていたとは思わなかった。おまけに、ビアンカが食べ終わったにもかかわらず、顔を離そうとしない。

「あの、殿下……?」
「ああ、いや。あまりに美味そうに食べるので、感心しておった」

 慌てたように、ステファノが食卓の方を向き直る。ビアンカは、こっそり胸に手を当てた。心臓が、うるさいくらいに音を立てている。それはなかなか静まってくれそうになかった。
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