甘い恋をおしえて
甘い恋


開店よりも早い時間に、佑貴は京都香風庵の店の前に立っていた。
京都の夏は暑いと聞いていたが、この辺りは緑も多く疎水を流れる水の音が心地良い。
春と秋の観光シーズンは人で溢れるらしいが、今は人影も少ない。

シンプルなデザインの店の隣に、『高梨』と門札が掛かった家がある。
哲学の道周辺には凝った家屋敷が多くみられるが、高梨家は古風な門構えだった。

チャイムを鳴らすと、莉帆の母の英子(ひでこ)が顔を見せた。

「朝早くから申し訳ありません」
「宮川さん、お待ちしておりました」

昨夜のうちに東京から連絡があったのだろう。
紗の着物にキリリと夏塩瀬の帯を締めた英子は落ち着いた様子で佑貴を迎え入れてくれた。

「莉帆にお会いになりますか?」
「その前に、ご主人にお詫びを申し上げたいのですが」
「わかりました」

英子は莉帆より姉の梓に似ている。
玄関から奥に進むと、やや広めの坪庭が見えた。その横を通る廊下の奥には茶室があった。

「ここでお待ちください」
「ありがとうございます」

きっちりと夏向きにしつらえてある茶室だ。
『涼一味』の掛け軸が掛けられており、涼し気な一輪挿しにはカワラナデシコが活けられている。
風炉には鉄瓶が置かれているから、いつでも茶が点てられそうだ。
英子が下がるとすぐに、莉帆の父、元秋(もとあき)が仕事用なのか作務衣姿で茶室に入ってきた。

「お久しぶりです」
「わざわざ京都まで来てくれたんだね。佑貴君」


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