モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

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 それから数時間の間、私は与えられた部屋で、意気消沈していた。鏡をのぞけば、短くなった髪が映る。首筋がスースーして、何だか寒かった。
(何も、切ることないでしょ……)
 パーマなんて、時間が経てば自然に落ちるものなのに。メルセデスは、話すら聞いてくれなかった。
「あー、もう! 髪は、女の命だってのにい!」
 鏡台の上にパタンと突っ伏していると、ノックの音がした。見知らぬ若い女が、遠慮がちに顔をのぞかせる。服装から察するに、侍女らしかった。
「失礼いたします、ハルカ様。晩餐までに、お支度をいたしましょう」
「あ……、わかりました」
 悔しいけれど、グレゴールの家を追い出されたら、私に行く当ては無い。取りあえずは素直に従おうか、と私は彼女に言われるがまま着替えた。
 メルセデスのものだというドレスは、高級そうではあったが、色は地味なグレーだった。他に貸してもらったドレスも、全て寒色系だ。今まではピンク中心のふわふわしたパステルカラーばかり着ていたから、ちょっとがっかりである。
(お借りするんだから、贅沢は言えないけどね……)
 支度を終えて、シックな調度品で飾られた、大きめの広間に入る。これまたばかでかい食卓に着いていたのは、グレゴール一人だった。
「……メルセデス様は?」
「姉上なら、今夜はパーティーに出席されている」
 グレゴールが、けろりと答える。私は、チッと舌打ちしたくなった。
(人の髪を切っておいて、自分はパーティーかよ!)
「座れ」
 促され、私は席に着いた。コース料理が、順に運ばれて来る。見た目は、フレンチ風だった。フランス料理の店なら行ったことがあるので、大体のマナーはわかる。グレゴールの仕草も真似つつ、私は食事を始めた。
「何だ、大分参っているようだな。何かあったのか」
 私の顔をチラと見て、グレゴールが言う。髪が短くなったことについては、ノーリアクションだ。髪を切られてショックなのだとは言うまい、と私は思った。この男は、どうせわかってくれないだろう。言うだけ無駄だ。
「別に、何も……。ああ、そういえば質問があります」
 それ以上追及される前に、私は先手を打った。
「メルセデス様は、実年齢より上に見せるようにと仰っていたのですが。一体、なぜです?」
「そりゃ、大人びて見えるということは、賢い証明だからだ」
 グレゴールは、間髪入れずに答えた。
「この国では、頭が良く知識の多い者ほど、高年齢に見えるという共通認識がある。だから男も女も、年齢を上に見せようと努力するのだ」
(そうだったんだ)
 私は、目から鱗が落ちる思いだった。クリスティアンやグレゴールを見て、実際より年上に感じたのは、そのせいだったのか。きっと二人とも、わざと老けて見せるようにしていたのだろう。
 ということは、と私はハッとした。私はメルセデスに向かって、若く見えると言ってしまった。それは、馬鹿にしているも同然ではないか。
(今度会ったら、絶対謝らなくちゃ。失礼な真似をしたわ……)
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