モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!
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「カロリーネ様。失礼を承知で申し上げますが、それはマナー違反ですぞ」
グレゴールは苦言を呈したが、カロリーネはけろりとしていた。
「あら、より良い席に換えてあげるというのに?」
確かに、カロリーネが指した元の席は、私たちより前の、さらに見やすい席だった。打診された男性客は、顔をほころばせた。
「ええ!? ありがたいですが、差額をお支払いしませんと……」
男性は、巾着袋から金を出そうとしたが、カロリーネはそれを制した。
「いいのよ! 気にしないで。私、前の方の席って、晴れがましくて好きじゃないの。それよりはこれくらいの位置で、昔からのお友達と一緒に鑑賞する方が気楽だわ」
「それは、それは……。よろしいのですか? 恐れ入ります」
男性は、恐縮しながら去って行った。彼女は、ちゃっかりとグレゴールの隣席に腰かけると、取り巻きたちに声をかけた。
「あなたたちは気にせず、元の席で鑑賞なさいな」
わかりましたわ、と口々に返事しながら、令嬢たちは散って行った。他の観客らは、温かい目つきでカロリーネを見つめている。『身分を鼻にかけない控えめな王族』とでも思っているのだろう。
(はああ……)
楽しみにしていたというのに、何だか急に憂鬱になってくる。一方のカロリーネは、嬉々としてグレゴールに話しかけ始めた。
「ね、グレゴール。こうしていると、学生時代を思い出さないこと? フランツが途中で大いびきをかいて、ひんしゅくを買ったことがあったわね。せっかくの良いお芝居だったのに、台無しだったわ」
言いながらカロリーネは、私をチラと見た。
「懐かしいわよねえ? 何度も皆で通ううちに、すっかり演劇通になってしまって。マルタは、演劇論をテーマにしたレポートを書いたわよね」
完全に、話に付いて行けない。取り残された気分になり、私は下を向いた。『兄妹みたいなもの』というカロリーネの台詞が蘇る。今でこそ、堅苦しい態度を崩さないグレゴールだが、かつては本当に親しかったのだろうか。
(罰が当たったのかな……)
私は、ふと思った。私だって、増田さんと榎本さんのデートに割り込んで、邪魔をしようとしたではないか。たまたま異世界へ飛ばされて、それどころではなくなったけれど。
(まあ、グレゴール様と私は、デートではないけれどね……)
それでも、やるせなかった。私の知らないグレゴールを知っているカロリーネが、羨ましくて仕方ない。
「でも、そのレポートが……」
「私がご一緒させていただいたのは、一度きりと記憶していますが」
不意に、グレゴールが低い声を発した。
「それも、偶然劇場で鉢合わせたからですよね」
私は、驚いてグレゴールの顔を見た。
(そうだったの? じゃあ、何度も皆で通ったというのは、嘘……?)
「そ、そうだったかしら? いろいろな方とご一緒したから、混乱したのかもしれないわね」
慌てたように、カロリーネが取りつくろう。そんな彼女に対して、グレゴールは厳しい表情でこう続けた。
「たかだか十年前のことを、お忘れですか。兄君よりは確かな記憶力をお持ちとお見受けしていましたが、どうやら私の誤解だったようです」
グレゴールは、じろりとカロリーネを見すえた。
「一部の人間にしか通じない話題を選ぶなど、カロリーネ様はなかなか無作法でいらっしゃいますな。第一、もう開演です。いい加減に私語を慎まれないと、父君の評判にも関わりますぞ?」
カロリーネは、かっと顔を紅潮させた。
「……つい、懐かしい気分になっただけよっ。悪かったわよ、ハルカさんに通じない話をして……。あなたの後見する、大事な『貢ぎ物』にね!」
捨て台詞のようにまくしたてると、カロリーネはぴたりと押し黙った。
グレゴールは苦言を呈したが、カロリーネはけろりとしていた。
「あら、より良い席に換えてあげるというのに?」
確かに、カロリーネが指した元の席は、私たちより前の、さらに見やすい席だった。打診された男性客は、顔をほころばせた。
「ええ!? ありがたいですが、差額をお支払いしませんと……」
男性は、巾着袋から金を出そうとしたが、カロリーネはそれを制した。
「いいのよ! 気にしないで。私、前の方の席って、晴れがましくて好きじゃないの。それよりはこれくらいの位置で、昔からのお友達と一緒に鑑賞する方が気楽だわ」
「それは、それは……。よろしいのですか? 恐れ入ります」
男性は、恐縮しながら去って行った。彼女は、ちゃっかりとグレゴールの隣席に腰かけると、取り巻きたちに声をかけた。
「あなたたちは気にせず、元の席で鑑賞なさいな」
わかりましたわ、と口々に返事しながら、令嬢たちは散って行った。他の観客らは、温かい目つきでカロリーネを見つめている。『身分を鼻にかけない控えめな王族』とでも思っているのだろう。
(はああ……)
楽しみにしていたというのに、何だか急に憂鬱になってくる。一方のカロリーネは、嬉々としてグレゴールに話しかけ始めた。
「ね、グレゴール。こうしていると、学生時代を思い出さないこと? フランツが途中で大いびきをかいて、ひんしゅくを買ったことがあったわね。せっかくの良いお芝居だったのに、台無しだったわ」
言いながらカロリーネは、私をチラと見た。
「懐かしいわよねえ? 何度も皆で通ううちに、すっかり演劇通になってしまって。マルタは、演劇論をテーマにしたレポートを書いたわよね」
完全に、話に付いて行けない。取り残された気分になり、私は下を向いた。『兄妹みたいなもの』というカロリーネの台詞が蘇る。今でこそ、堅苦しい態度を崩さないグレゴールだが、かつては本当に親しかったのだろうか。
(罰が当たったのかな……)
私は、ふと思った。私だって、増田さんと榎本さんのデートに割り込んで、邪魔をしようとしたではないか。たまたま異世界へ飛ばされて、それどころではなくなったけれど。
(まあ、グレゴール様と私は、デートではないけれどね……)
それでも、やるせなかった。私の知らないグレゴールを知っているカロリーネが、羨ましくて仕方ない。
「でも、そのレポートが……」
「私がご一緒させていただいたのは、一度きりと記憶していますが」
不意に、グレゴールが低い声を発した。
「それも、偶然劇場で鉢合わせたからですよね」
私は、驚いてグレゴールの顔を見た。
(そうだったの? じゃあ、何度も皆で通ったというのは、嘘……?)
「そ、そうだったかしら? いろいろな方とご一緒したから、混乱したのかもしれないわね」
慌てたように、カロリーネが取りつくろう。そんな彼女に対して、グレゴールは厳しい表情でこう続けた。
「たかだか十年前のことを、お忘れですか。兄君よりは確かな記憶力をお持ちとお見受けしていましたが、どうやら私の誤解だったようです」
グレゴールは、じろりとカロリーネを見すえた。
「一部の人間にしか通じない話題を選ぶなど、カロリーネ様はなかなか無作法でいらっしゃいますな。第一、もう開演です。いい加減に私語を慎まれないと、父君の評判にも関わりますぞ?」
カロリーネは、かっと顔を紅潮させた。
「……つい、懐かしい気分になっただけよっ。悪かったわよ、ハルカさんに通じない話をして……。あなたの後見する、大事な『貢ぎ物』にね!」
捨て台詞のようにまくしたてると、カロリーネはぴたりと押し黙った。