モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

3

 カロリーネが前を向き直ると、グレゴールはそっと手を伸ばして来た。慰めるように、私の手の甲をポンポンと叩く。だが私の胸には、カロリーネの言葉が刺さっていた。

(『貢ぎ物』か……)

 そのものズバリの表現だ。グレゴールにとって私は、クリスティアンに差し出す、側妃候補。それ以外の、何物でもないのだから。大切に扱ってくれるのも、庇ってくれるのも、他に理由など無い……。 

 開演のブザーが鳴ると、グレゴールはスッと手を引っ込めた。私は仕方なく、舞台へと目を向けたが、カロリーネの言葉は頭から離れなかった。

(私が殿下の側妃になったら、グレゴール様とはお別れか……)

 後見人として、これまで通り協力はしてくれるだろう。だが、ハイネマン邸は出ねばならない。そして私は、ハッと気付いた。

(私の方が側妃になるってことは、カロリーネ様は……?)

 当然、普通に夫を迎えることだろう。そして、その相手とは。

 私は、思わずグレゴールの横顔を盗み見た。カロリーネが彼に執着しているのは、明白だ。私にこれだけの対抗意識を燃やすのは、単に側妃の座を争っているからだけではない。

(もしかして二人は、結婚……?)

いや、もしかしてレベルではないかもしれない。カロリーネは、何と言っても王弟の娘なのだ。彼女に望まれて、果たして断れるだろうか。

(嫌だ、そんなの……)

 その時ふと、役者の台詞が耳に飛びこんで来た。

『こんなに、近くにいるというのに……!』

舞台では、女性が顔を覆って嘆いている。これは、王子の婚約者と、王子に仕える家臣との悲恋物語なのだ。その台詞は、今の私の胸に刺さった。

(私だって、グレゴール様の近くにいるわ……)

同じ屋敷に住んで、これだけ面倒を見てもらって。でも……、ただそれだけ。将来グレゴールの伴侶となるのは、他の女性なのだ。恐らくは、彼の向こう隣にいる女性。

(……ああ、そうか)

 ぽろりと、涙がこぼれ落ちる。ようやく、気が付いた気がした。私は、グレゴールが好きなのだ。彼が他の女性と……、カロリーネと結婚すると考えただけで、気が狂いそうになる。こんな気持ちになるのは、初めてだった。

(それで、か……)

 褒められるととびきり嬉しいのも、他の男性には自然に取れる態度が、時々取れなかったりするのも、側妃になると考えると、何だかもやっとするのも。全て、腑に落ちた気がした……。

「帰るぞ?」

 不意に、グレゴールの声がする。私は、ハッと我に返った。いつの間にやら、閉幕である。

「放心状態か。ずいぶん夢中になって観ていたようだが……」

 そこまで言いかけて、私の涙に気付いたらしい。グレゴールは、おやという顔をした。

「確かに悲劇だったが、泣くほどか?」

 彼は、私が芝居に感激したと誤解したようだ。私は、とっさに調子を合わせた。

「あ……、ええ。女性は、こういうのが好きなのですよ」

「そういうものか」

 グレゴールはハンケチを取り出すと、私の目元を拭ってくれた。するとふと、鋭い視線を感じた。
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