ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
プロローグ

 夜の帳に一羽の蝶が閃いた。

 今宵、とあるハイエンドホテルの一室には一組の夫婦が宿泊していた。
 ベッドサイドにはバスローブが二組、乱雑に脱ぎ捨てられている。部屋の中央に据えられたダブルベッドからはどちらのものとは判別できない荒い息遣いが聞こえてくる。

「あ、ん……」
 
 新妻はシーツを逆手で握りしめ、愉悦に耐えるようにあえかに喘いだ。
 肩口で切り揃えられた艶やかな黒髪。紅に色づく頬。いつも気丈に振る舞う彼女の瞳が興奮と恥じらいで潤んでいる。
 ダウンライトに照らされた新妻の白い肢体には既にいくつもの赤い痕が刻まれていた。
 強張る身体を夫に丹念に解きほぐされ、いよいよという時だった。

「あのっ……灯至(とうじ)さん……っ……」

 この後に及んでまだ何かあるのかと、灯至は眉を顰め、鬱陶しい前髪をかき上げた。
 結婚式を挙げてから二週間。お預けを食らっていた初夜をようやく迎えられるとあって、灯至は自分でも驚くほど余裕がなかった。
 
「いい加減覚悟を決めろ、粧子(しょうこ)
「わ、私……。初めてなの」

 新妻は声を震わせながら必死に訴えた。

 やっぱり……。思った通りか……。

 粧子は少女のように無垢な顔立ちに、成熟した女性の身体を持っていた。男に対する警戒心が薄いくせに、身持ちは堅い。自分の魅力に無頓着なくせに、人の顔色を敏感に察知する。計算では作り出せないアンバランスさが灯至をより狂わせていく。
 灯至は不安げな粧子の頬を手で撫で包んだ。

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