魔法のいらないシンデレラ
第五章 バーからの電話
ホテルの最上階にある総支配人室に、内線電話の呼び出し音が響く。

1回目のコールが鳴り終わるかどうかのタイミングで、素早く早瀬が受話器を上げた。

短く相づちを打ちながら、話を聞いている。

(こんな時間に何かあるとすれば、宿泊部か、あるいは…)

考えながら一生は、ちらりとデスクの上の時計を見る。

真夜中の24時を少し過ぎたところだった。

(バーの閉店間際のトラブルか…)

その時、少々お待ちくださいと言って、受話器を片手で覆いながら、早瀬が顔を上げた。

「どうした?どこからだ?」

パソコンのキーボードを打つ手を止めずに、一生が尋ねる。

「ナイトマネージャーからです。バーの閉店時間を過ぎても、酔いつぶれて動けないお客様がいらっしゃると」
「それがどうした?」

まるで、突き放したような冷たいセリフに聞こえるが、逆だった。

そんなことはホテルでは日常茶飯事。

うちのスタッフなら、なんなく対応出来るはずだと一生は思っていた。

「それが…若い女性のお客様なのですが、バーテンダーが申すには、オリオンツーリストの澤山 和樹様の婚約者の方ではないかと」
「なに?」

一生は、パソコンの画面から顔を上げて早瀬を見る。

「以前に一度だけ、澤山様と一緒に来店されたのを、バーテンダーが覚えていたようです。その時に澤山様が、その女性を婚約者だとおっしゃったそうです」
「分かった。すぐ行く」

一生は、掛けてあったジャケットを掴んで立ち上がると、腕を通しながらドアへと向かう。

「これからそちらにいらっしゃいます」

手短に電話の相手にそう言って受話器を置いた早瀬が、一生よりも先に出口にたどり着き、ドアを開けた。
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