【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 2

秘書として

 結局片付けは夕方近くまで続き、斎藤の仕事が大変になるので、夕食は軽い物でいいと伝えた。

「何ならカップ麺を食べます」と言ったのだが、斎藤が「それはさすがに職務放棄になりますので、簡単な物を作らせて頂きますね」と言って、親子丼を作ってくれた。
 簡単な物と言いつつも、上品な出汁の味がきいて、玉子がとろとろの親子丼は絶品だ。

 疲れた体に染みる……と思いながら斎藤と一緒に食べ、彼女は片付けをし終えたあとに帰っていった。

 佑は接待があると言っていたので遅いだろうと思い、香澄はのんびりと風呂に入る。
 入浴剤やバスオイルなども買ってもらえたので、毎回それらを選ぶのが楽しみだ。
 風呂から上がったあとのケアも、ボディミルクやボディクリームなどが洗面所にズラリと並び、我ながらセレブのようだ。

(昨日、背中とかお尻、凄く気になっちゃったから、本当にケアとか気を付けよう)

 佑に背後から求められた時の事を思い出し、一人で赤面する。

「どうせなら……、体、綺麗だって言われたいし、抱き心地がいいって思われたいし……」

 ポツンと呟いたあと、鏡の中の自分と目が合って急に恥ずかしくなった。

「少しずつ意識を変えていこう」

 東京に来て、いまだ一人で出掛けられていないが、きっと東京の女性はみんな洗練されているのだろう。
 Chief Everyの社員だってお洒落に決まっているし、彼に憧れて日々身なりに気を遣っている女性だって絶対いる。

「少なくとも、そういう人に対して失礼にならないようにしないと」

 佑に選ばれたからと言って、何も努力しないままというのはおかしい。
 彼がここまで金を掛けて服や化粧品などを買ってくれたのなら、「身の丈に合わない」など言っていないで、「勉強させてもらう」ぐらいの気持ちにならなければ。

 化粧品やジュエリー、服だって、すべて誰かの労働や研究によって成り立っている。
 ただの贅沢ではないのだ。

 美しい女優やモデルだって、日々スタイル維持のために運動をし、服やメイクの流行にアンテナを働かせている。

(私は芸能人じゃないけど、公私共に佑さんの側に立つなら、『あんなのが』って言われないように努力しなきゃ)

 一流企業の社長秘書として、彼の恋人として、佑が恥ずかしくないような存在になりたい。

 そう胸に秘め、香澄は自分に何ができるか考え始めた。





 広い屋敷に一人でいるのも落ち着かず、なるべく玄関に近い場所と思って、香澄はリビングで松井ファイルを開き勉強していた。

 だが一日片付けをした疲れもあり、「少し休憩」と思ったのが、気が付けばソファに寝転がったまま眠ってしまっていた。

「ただいま」

 ――と、耳元で声がし、半開きになっていた唇にむちゅっとキスをされる。

「ふがっ」

 仰向けになって寝ていたところにキスをされ、香澄は慌てて目を覚ました。
 目を開くと、イケメンがクスクス笑って自分の顔を覗き込んでいる。

「うっ……、う……うぅ……。おかえりなさい」

 寝顔を見られて恥ずかしく思いつつ、香澄は起き上がって目を擦る。
 佑はすでに着替えていて、フワッと漂った香りからもう風呂にも入ったようだった。
 壁時計を見ると、時刻は二十二時近くだ。

「いいね、『おかえりなさい』って」

 佑はにっこり笑い、香澄の隣に座る。

「今日、荷物どうだった? ちょっと覗いたところ片付いてるようだったけど……」

「あ、はい。搬入は円山さんたちがしてくださって、片付けは斎藤さんにも手伝ってもらいました」

「俺も手伝いたかったけど、今日は挨拶が沢山あってすまない」

「いえ! 買って頂いた物ですし」

「疲れた?」

 隣に座った佑が、ごく自然に脚を組み、ソファの背もたれに回した手で香澄の頭を撫でてくる。
 ドキッと胸を高鳴らせるも、香澄は必死に平静を装った。

「〝今日のやる事〟ですから、張り切って取り掛かりました」

「そうか、なら良かった。でもこっちの勉強もあるな」

 佑はテーブルの上に乗っている松井ファイルを見て、その横にある香澄のノートもチラッと見やる。

「やる事があると頑張れます」

「ん、でも慣れない環境だから無理をしないように」

 ポンポンと頭を撫でられて微笑まれ、「はい」と頷くしかできない。

(……距離が近いな……)

 彼の腕がソファの背もたれに回っているので、まるで肩を組まれているように感じられる。

 昨晩ベッドを共にしたからか、佑が醸し出してくる雰囲気が柔らかく温かい。
 それでいてとても親密で自然だ。

(私は思い出して照れてるのに、佑さんはあの事でもっと距離が縮まったように感じているのかな)

 自分だけ冷めていると言いたいのではない。
 ただ、一回抱かれただけで〝佑の女〟気取りになると、あとから恥ずかしい事になるのではないかと、まだ不安がある。

 本当は香澄からも、もう一歩歩み寄りたい気持ちはある。
 だが友達でもそうだが、初対面と変わりないのに急に距離を詰めようとすると、痛い目を見る場合がある。

 中にはとても気の合う相手がいて、何をしても受け入れてくれる事もあるかもしれない。
 だが香澄は人間関係においては慎重で、誰に対してもドーンと体当たりしていくやり方はできなかった。

 なので思わず黙ってモジモジしていると、佑が「ん?」と香澄の顔を覗き込んできた。

「大人しいな?」

「も、元から……こんなもんですし……」

「ふぅん?」

 佑は意味深に微笑んだあと、前を向いて少しまじめな声で言う。

「香澄は勉強好きか?」

「え……と。学生時代は凄く好きっていうほどじゃなくて、普通だったと思います。大人になってからは、自分のためになる知識を深める事なら、お金を払いますしまじめに取り組んでいます」

「うん、まぁそうだよな。俺も学生時代はそれほど好きじゃなかった」

 はは、と笑われたあと、香澄は彼のほうを向く。

「もしかして、秘書検定の事ですか? それでしたら、札幌にいた時点で検定の勉強は始めていて、二月にまず三級を受けようと思っています」

 香澄としても良い秘書になるために何をすればいいか考え、ネットで調べた結果秘書検定があると知った。
 秘書としてのマナーや気配りについて勉強するためのもので、必ずしも持っていなければ秘書になれないという訳ではないらしいが、それでも……と思って勉強中だ。

「あー、ごめん。事前に言えば良かったかな……。秘書検定は特に必要としていないんだ」

「えっ」

 せっかく勉強していたのに……と、香澄は少し落胆する。

「俺も松井さんのファイルを確認したけど、必要な事はすべて書かれてあった。松井さんは気配りのエキスパートだからね。多分、検定のテキストにもない配慮まで書いてあると思うから、うちの会社としてはそれで大丈夫だよ」

「そ、そうですか……」

「こっちで落ち着いてから言おうと思っていたんだけど、語学や所作のマナーを学ぶつもりはないか?」

「語学……。確かに必要そうですね。佑さんは海外出張もされると仰ってましたし。一応、八谷で働いていた時、海外のお客様にも対応できるよう、最低限の英語は身に付けていました。でもより高度なビジネス英語なら、きちんと学ばないとですね」

 札幌にいた時、英会話教室には通っていた。
 講師はイギリス人女性で、アットホームな雰囲気で楽しく学べていたのが今では懐かしい思い出だ。

『英語はどの程度話せる?』

 急に佑が綺麗なクイーンズイングリッシュで話し掛けてきて、香澄は一瞬思考を停止させる。
 だがここが札幌の店だと思い込むようにし、脳内を英語に切り替えて返事をする。

『店内でお客様がお望みになる事には、対応できるほどには習得しております』

「うん」

 佑はニコッと笑い、満足してポンポンと頭を撫でてくる。

「基礎は大丈夫そうだから、ビジネスシーンで必要になりそうな応用を学んでほしい。講師はこちらで紹介するけど、……大丈夫?」

「はい!」

「マナー講座は、すぐ必要になるものじゃないかもしれないけど、今後の事を考えて受けておくといいかもしれない。レストランでのマナーや、これができると意外とご年配の方に喜ばれる風呂敷の扱い方とか、細かなところを教えてくれる人がいる。その他に、少し高めのヒールを履いた時に疲れず綺麗に歩ける方法とか」

「それはぜひ習得したいです!」

 佑が買ってくれた物の中には、勿論高級な靴も沢山あった。
 普段使いしやすそうな高さのヒールもあるが、よそ行き用の高めヒールもある。

 佑となら高級そうな場所にも行きそうなので、一緒にいて彼に恥を掻かせない練習はしておきたい。

 佑と特別な場所に出掛け、少し高いヒールを履いたのに、歩き方がカクカクしているだなんて残念すぎる。
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