麗しの王様は愛を込めて私を攫う

11 リシウスside

「だからあの時消すと言ったんだよ、アダム」

 スターク公爵のイザベル様とザイオン様を片付けられた後、私に放たれた地を這うような冷たく低い声は今も忘れられない。

「申し訳ございませんでした」

 私は深々と頭を下げた。

 リシウス陛下の愛する人をザイオン様に攫わせた真の犯人は、まだメアリー様が十二歳の頃に何かと彼女を虐めていた、クロエという名の商家の娘だった。


 あの頃、リシウス殿下は影からある特定の者がメアリー様を虐めているようだとの報告を受けていた。
 しかし、それ程問題はないようだと言われていた為、様子を見るに止められていた。

 それからしばらく経ち、リシウス殿下の贈られたリボンをクロエという娘がメアリー様から奪い、挙句にメアリー様を泥棒扱いをしたと影から報告を受けた。
 リシウス殿下は、持っていたペンを片手で真っ二つにへし折られ怒りを露わにされた。
(リボンをつけてもらえた事が余程嬉しかったのだろう……)

 そうして、相手を消すと言われ……私はそれを止めた。

 消してはなりませんとお伝えした。なぜなら相手もまだ子どもだったからだ。

 子供同士のそう言った些細な揉め事はよくある事。
 メアリー様は美しい容姿をされている。その為妬まれる事もあるだろうと話した。

 リシウス殿下は、分かったと渋々頷き、けれどメアリー様の目に入らないようにすると言われたのだ。

 そうして、クロエの住む家は何者かによって放火され、一家はメアリー様の前からいなくなった。

 しかし、クロエという女はその放火の犯人をメアリー様だと憎み続けており、報復を企てたのだ。


◇◇


 メアリー様を助けに行く直前、馬の上から述べられたリシウス陛下の言葉は私の胸に深く刻み込まれた。

「人というのは訳もなく憎しみや嫉みという感情を持つ。相手を傷つけてもまだ足りずに攻撃を繰り返す者もいる。そういった者達ばかりではないだろうが、よく見ればわかるものだ。危険な花を咲かせる草は根本から消し去らなければならない。深く根を張られ再び芽吹かぬように」

「はい、私の考えが甘かったのです」


 ザイオン様から聞き出した目的地に近づくと、この場に似合わぬ赤いドレスを着た女が小屋に火を放ち、共にいた数人の男達と立ち去ろうとしているのが目に入った。

 リシウス陛下は、誰よりも先に其処へ駆けつけて馬を降りると、流れるように剣を振りそこにいた者達が抵抗する間もなく切り捨てた。


「助けてぇっ!」

 メアリー様の叫び声が火のついた小屋の中から聞こえると、陛下は迷う事なく向かわれた。

 間もなく彼女を抱き抱えて出て来られたリシウス陛下のそのお姿は、神々しさを感じる程の美しさであった。

 その間、私も騎士達も陛下の余りの素早い行動に遅れを取り、情け無い事に、何一つ出来ずに周りでただ見ていただけとなった。

 その後、騎士達により焼け落ちた小屋と女達は始末された。
 女の家の者達も、翌日には全て捕らえられ牢へと入れられている。

 ザイオンとイザベルの父親となるスターク公爵は隣国へ勅使命令を下された。
 表向きはそういう事だが事実上は人質である。

 スターク公爵は、リシウス陛下に特に忠誠を捧げられていた。それを知っておられた陛下だったが、息子達の行動の責任は取らせなければならないと、このような措置を取られた。
 リシウス国王に忠義をされている公爵は寛大な処置を涙して受けられた。


 あれから七日が過ぎた。

 リシウス陛下に助け出されたメアリー様は、顔や体に怪我を負われていたが、治療と休息により随分と元気になられた。

 これまで毎日のように、リシウス陛下はメアリー様のお部屋へと通い、お世話をされている。

 髪を梳いたり、食事を食べさせるといった些細な事ではあるが。

「王妃になるんだから、上品に食べなければならないよ」

 メアリー様の為に作らせたケーキをフォークの先に取り、口元へ差し出せばメアリー様は小さく口を開かれる。

「うん、それでいい。どう? 美味しい? 美味しくなければ言って、料理長を代える」

 陛下が代えると云うのは違うものに作らせるという意味か? それとも料理長を首にして新たに人を入れると云う意味か……ともあれ、リシウス陛下は実に楽しそうだ。

 こんな表情もされるのだと、長年傍に付いている私は初めて知った。

 ただ……。
 メアリー様の様子がどこかおかしいと感じる。

 リシウス陛下の前では微笑んでおられるが、見えないところで時折沈んだ表情をされておられるのだ。

 どうされたのだろうか……?


◇◇


「アダム、足枷の代わりは何がいいと思う?」
「えっ? まさかまたメアリー様に着けられるのですか?」
「うん、必要でしょ?」

 リシウス陛下は、メアリー様をお妃様に迎えようと教育なさっているらしいのだが……。

 食事のマナー、立ち居振る舞いを自ら教えておられる。
 しかしながら……。


「色はやっぱり青かなぁ、銀でもいいかな? メアリーは何でも似合うと思うから迷うよ」

 リシウス陛下は楽しそうに頬杖をつきながら考えておられた。
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