【超短編 28】バースデーに花束を
バースデーに花束を
 誕生日が尊いものだということを子供が生まれて初めて知った。
 7月29日、午前2時23分。僕の子供は産声を上げた。
 さぁ、これからもっと忙しくなる。ベッドで顔を真っ赤にさせている僕の相方は達成感に満ち溢れた顔をして看護士に抱かれた新しい命をいとおしそうにずっと眺めている。
 部屋から出た僕は病院の裏口からすぐのところにあるベンチに座り、近くのコンビニで買った新しいタバコの包装を開けて一本取り出し、口にくわえた。
 『通用口』と書かれた小さな看板の電灯だけが辺りを照らしていて、小さな虫が集まっている。
 生暖かい風が建物の間に入り込み、夏の本番を知らせてくれる。
 これからは毎年この日になると、この風の感触を思い出すに違いない。煙草に火をつけて大きく吸い込む。
ゆっくりと吐き出すと、暗がりに白い煙が立ち上がった。
呼吸に合わせて口笛を吹くと、音が跳ね返って聞こえてくる。
曲はもちろんあの曲だ。
ハッピバースデー、トゥユー。
ハッピバースデー、トゥユー。
ハッピバースデー、ディア…。
曲と一緒に呼吸が止まる。
(名前、決めなきゃなぁ)
 子供のころ誕生日はプレゼントの貰える嬉しい日だった。それが恋人と過ごす日に変わり、次第にどうでもいい日になっていた。
「誕生日、おめでとう」
「ありがとう」
 誕生日はありがとうを言う日だと初めて知った。
 生んでくれて、ありがとう。育ててくれて、ありがとう。一緒にいてくれて、ありがとう。祝ってくれて、ありがとう。
 息子もいつかこんな風に思う日が来るのだろうか。
 そのとき僕はちゃんとした父親になれているだろうか。これまでの僕を振り返っても、あまり成長しているようには思えない。学生の頃から変わっていないとしても、世間は僕を子供として見てはくれないし、僕もそれが自然だと思う。
「ちゃんとした父親になんかならなくていいよ」
 僕の相方はきっとそんなふうに言うだろう。僕もちゃんとした母親なんて望んでいない。ちゃんとした子供だってまっぴらゴメンだ。
 さて、もう一度息子の顔を拝みに行くか。僕はタバコを灰皿に投げ捨て立ち上がった。
 子供の名前は歌いやすい名前にしよう。
誕生日はありがとうを言う日だと初めて知った。

 生まれてくれて、ありがとう。
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