特攻のソナタ
特攻のソナタ
「おばあちゃん、まだ?」

幼い孫の手を引いて、私は小高い丘の上に立っている中学校へと歩いていく。コンクリートの坂の両側には、楠の木が生い茂りあの日と同じ、セミがびっしりと鳴いている。老朽化した体育館が取り壊されるついでに、体育館に置いているグランドピアノが処分されると聞いていてもたってもいられなくなったというわけだ。年甲斐もなく。

でもひと目だけでも見ておきたい。これがあのピアノとの別れとなるのなら。私も後何年生きられるか分からないけど、せめてあの人の思い出をもう一度この目に焼き付けて、風化していく記憶の断片をつなげてみたい。


坂を登り切ったところに、木造のあの体育館があった。あいかわらず。でもしばらくしたら、この疲弊しきった建物も取り壊されてしまう。夏休みなのか人影まばらな校庭で時おり部活の生徒の声がする。扉を開けて中をのぞくと片隅に、あのピアノが私を待っていてくれた。木の床をミシミシと音を立てて近づいていく。胸の高鳴りが隠しきれない。あの人が弾いてくれたソナタ。何十年も昔のことなのに、つい昨日のことのよう。
「待っていたよ。」
そう言って、あの人の幻がニコリと笑う。いつのまにか私の心の中には、あの曲が流れ出す。

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