あひるの仔に天使の羽根を

・形式 櫂Side

 櫂Side
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「紫堂、破壊は上手くいったようだ。師匠、次向かうって」



遠坂の声に、俺は溜息をついて頷いた。


執拗な程に、依然付き纏う不安感。


時間がない現実もそうだ。


だけど、これが正しい術なのだと、断定出来ぬ自分がいるのがもどかしくて。


玲もそうらしい。


"白皇"という、緋狭さんが危懼する存在の妨害がないのが気になるんだ。


それでも進まねばならぬという焦り故、懐疑的な思考を持ちながらも、玲達の進みを享受している。


それを受け入れるしかない…そんな状況から逃れられぬことが口惜しく。


芹霞は大丈夫そうだ。


きょとんとした顔で、遠坂を通した玲との会話を不思議そうに見ていたが、自分の置かれている境遇は理解出来ていないらしく、戸惑った表情を見せていた。


身体の異常はないようだ。


イクミが用意した濡れたタオルで俺の血糊を拭いて、服を着ろと怒鳴り続ける元気もある。


俺だけではなく自分の服も血に染まっていたことに気づいた芹霞は、自分が…もう恒例となりつつある"鼻血"を出したのだと結論づけたらしい。


俺がその巻き添えを食らったのだと。


確かに俺の力による治癒で、喉元の痛みもあまり感じないはずだけれど、あれだけ派手に噴き出した出血を、"鼻血"と同じレベルに格下げしているのが、何ともおかしかった。


だけど言わない。


可能な限り、真相を知らせたくない。


例え一時の間でも、芹霞を憂えさせたくない。


着替え中、伸びゆく邪痕を目にして驚いていたようだが、俺の切迫感から何かを感じ取ったのか、言葉を呑み込んで俯いてしまった。


そんな芹霞が儚げに思えて、白いブラウスを羽織った格好のまま、思わず抱きしめようとした時。



「あはははは~ とうとう色仕掛け?」



俺は…タイミングを見計らったかのような、爽やか以上に胡散臭い…そんな笑い声に顔を顰めた。
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