嘘婚―ウソコン―
どこか憂いを帯びたその瞳は、遠くを見つめていた。

それは、まだ若かった自分の過去だろうか?

「ハート」

陽平はハートを呼んだ。

視線は彼女ではなく、遠くに向けたままだ。

「何?」

ハートが返事をした時、
「ハートさん、3番テーブルにご指名です」

黒服のボーイが顔を出した。

「はい、ただいま」

ハートはソファーから腰をあげた。

「相変わらず、売れっ子だなあ」

ククッと、陽平が喉で笑った。

「お褒めいただきありがとうございます」

ペコリと頭を下げたハートに、
「さすが、くるみさんに育てられただけあるよ。

美和子」

陽平は彼女の本名を呼んだ。

本名で呼ばれたハートはイラッとした顔を浮かべると、
「…その名前で呼ばないでって、いつも言ってるでしょ」

そう言って、背中を見せたのだった。
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