「喜代、知っているか?」
明日、軍隊へと旅立つ兄。
お兄ちゃんと縁側でこうして月を眺めることも、もうしばらく出来なくなるのだ。
どうか、“しばらく”であってほしい。
“永遠”などと、思いたくない。
「なにを?」
「兵隊になる者には、“いってらっしゃい”と言ってはいけないんだ」
いってらっしゃいを言ってはいけない?
「どうして?」
見送るときは、いつだって“いってらっしゃい”でしょ?
「“いってらっしゃい”は、常に“おかえりなさい”とセットなんだ」
「えぇ、そうね」
「戦争に行く兵隊に、“おかえりなさい”を言える保証は、どこにもないからだ」
そんな…。
だからって、どうして言ってはいけないのだろう。
送り出す方は、“おかえりなさい”と言える日が来ることを信じて、“いってらっしゃい”を口にする。
そうでしょ?