優しい手①~戦国:石田三成~【完】
誰よりも早く起きた幸村は、無心に槍を振るっていた。


――甲斐の武田信玄の元で戦ばかりに明け暮れて、信玄倒れた後は謙信の温情の下、越後の領土を侵そうとする者を脅威の槍術で葬ってきた。


故に女子とは縁がなく、女子と語らい合う時間があるならばもっと槍を極めようと鍛練を積んできた。


だが…とうとう現れてしまった。


「幸村さーん、クロちゃん洗うの手伝ってー」


――声の主に、一目で魅了された。


「御意!」


槍を縁側に置き、声の方へ駆けるとそこにはとびきりの笑顔で幸村を待ち受けていた桃が居た。


手に馬の鬣用の櫛と束子を持って、桃に少しでも近付こうと柵に前脚をかけて首を伸ばす黒毛の馬の鼻を撫でてやっている。


こうして二人で馬の世話をするのがもはや日課となっていて、


昨晩謙信と三成が言葉でやり合っていたことを知っていた幸村は自身も桃の選択肢に入るために、言葉を必死に探した。


「その…桃姫はどのような男を好いておられますか?」


「え?えーと…守ってくれる人かなー」


人参を与えながら屈託なく笑った桃に幸村は首を傾げた。


「男が女子を守るのは当然のことです。桃姫のお暮らしの場所では違うのですか?」


「男の人より女の人のが強かったりするから。でもここの時代の男の人たちはみんな肉食系でかっこいいよ」


…いまいち言われている意味がわからなかったが、桃の世界では男女の力関係が逆転していると聞いた幸村は束子を置いて桃の前で膝を折った。


「幸村さん?」


「拙者は…桃姫を全力でお守りいたします。桃姫にお認め頂きたいのです。…拙者も男であるということを」


垂らした少し伸びた髪が風にそよぎ、桃の頬がほんのり桜色になったので、幸村はそこでアピールを止めた。


「さあ、早く済ませてしまいましょう、拙者は殿と兼続殿をお起こしせねば」


男として意識させることに成功した幸村は乱暴にクロに水をかけて桃の背をそっと押して歩き出す。


「三成さんは朝すっごく早いけど謙信さんは遅いんだね。あの二人って正反対だよね」


「ははっ、殿は自分本位なお方。桃姫も惑わされませぬように」


…本心だった。
< 108 / 671 >

この作品をシェア

pagetop