奥さんに、片想い
シーズン1 【 独身 】

僕はいわゆる『いい人』、つねに対象外


 彼女が泣いた。突然、僕の隣で泣いた。
 僕は彼女がずっと好きだったから、どうにかしてあげたかった。
「えっとー。食事にでも行く?」
 車を運転する僕が言いだした言葉もかなり唐突。でも助手席に乗っている彼女『美佳子』が、涙を拭いながら無言で頷いた。
 いつもの帰り道、信号待ち。まっすぐ行くはずの道を、僕は青信号でハンドルを右に切る。地元の細い旧道に入る。そこをまっすぐ行けば、たまに行くパスタ屋があるから。

 

 彼女が泣いたからって、僕が泣かしたわけではない。
 ちょっと前から、恋仲の男と別れたと僕は知っていた。といっても『噂』だけれど。
 残業後、彼女が一人しょんぼりと帰ろうとしている背中を見て『送っていくよ』と声をかけただけ……。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 

 この店で僕のお薦めは、ボンゴレ・ビアンコ。
 と言っているのに、彼女は『ボロニア風ミートソース』と頼んでいる。まあ、いいけど。

 夜遅くまで開いているこの店は、古い街並みの味わいがある寺院の町にある。僕が右折した旧道はとても古い道で狭い。なのに観光名所の寺院がある為、交通量が多い。トラックやバスとすれ違う時はぶつかるのではないかと錯覚するほど狭い道だった。郊外の割りに人口もあるが歴史ある地区なので古い民家も多く、はっきり言ってしまえば『田舎』だった。
 灯りも少ない田舎の旧道沿い。なのに寺院の手前まで来ると、ログハウス作りの明るいレストラン。ほのかな飴色の灯りに包まれ、ぽうっと浮かび上がる。周囲の古い街並みに似つかないイタリアンな佇まい。夜遅くまで開いているこの店は、この時間に車で来られる大人だけが集まる静かな店。

「ごめん、急に泣いちゃって」
 店に入って落ち着いた彼女が、それでもまだハンカチで目元を押さえた。
「いいよ、別に。いろいろあるでしょ。お互い、いい歳なんだから」
「佐川君ならそう言うと思った」
 なんだか不満そうに言われたので、僕は眉をひそめた。
 だからって、これ以上なにを聞けと。核心につっこめるはずもなく、僕はただ黙っていた。
「なんか言ってよ」
 『年下の彼と別れたんだって?』とズバリ聞いて欲しいとか? まさか、そんなこと僕から言いたくもないし聞きたくもない。

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