クランベールに行ってきます
結衣は少しの間目を見開いて絶句した後、気を取り直して再び尋ねた。
「王様の仕事の手伝いとかしないの? それに探検してて、うっかり会議中の部屋とか開けちゃったらどうするの?」
「気にするな。そういう事をなさった事もあるらしい」
「……バカ王子?」
結衣が呆れたようにポツリとつぶやくと、ロイドは意味ありげにクスリと笑う。
「世を忍ぶ仮の姿だそうだ。探検に飽きたらここにいてもいい。殿下はよくここにお見えになった」
それを聞いて結衣は内心ホッとした。
ロイド自身は気に入らないが、王子のフリをしてばれないように緊張しているよりは、事情を知っているロイドのそばにいる方がまだマシだ。
「わかった、そうする。髪は? 切らなきゃダメ?」
「いや、後ろで束ねておけばいい」
こちらもホッとした。
特に思いがあって伸ばしているわけではないが、こんな事で切れと言われるのも不愉快だ。
寝る前に外して手首に通しておいたヘアゴムで髪をまとめていると、先ほど出て行った初老の紳士ラクロット氏が帰ってきた。
「ヒューパック様、殿下のお召し物をお持ちしました」
「ありがとう、ラクロットさん。陛下の方は?」
ロイドが服を受け取りながら尋ねると、ラクロット氏は少し頭を下げた。
「いつでも、よろしいそうです」
頭を上げたラクロット氏は、髪を束ねた結衣を見て少し目を見開いた。
それを見たロイドがイタズラっぽく笑うと結衣に耳打ちした。
「ラクロットって呼んでみろ」
結衣は少しロイドを見た後、言われた通りラクロット氏に呼びかけた。
「ラクロット」
「こ、これは……!」
途端にラクロット氏は思いきり動揺してのけぞった。
ロイドは声を上げて笑うとラクロット氏に言う。
「これなら問題ないでしょう? 当分時間が稼げそうです。彼女も快諾してくれました」
誰が快諾したって?
無言で睨むとロイドは受け取った服を結衣に突きつけた。
「向こうの部屋でそれに着替えてこい。これから陛下に拝謁賜る。くれぐれも粗相のないようにな」
口を開こうとした結衣に、ラクロット氏がニコニコと笑いながら話しかけてきた。
「あなた様がご協力下さって助かりました。正直、女性には無理ではないかと思っていたのですが、さすがはヒューパック様。感服いたしました」
人の良さそうなラクロット氏の笑顔に毒気を抜かれ、脅迫されて渋々承諾したとは言えなくなった。
ラクロット氏は笑顔のまま自己紹介する。
「私はレフォール殿下のお世話をさせていただいております、エンディ=ラクロットと申します。これより、あなた様を殿下とお呼びさせていただきます。ですが、差し支えなければ、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
ラクロット氏に尋ねられ、ロイドが今気がついて結衣に問いかけた。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。何という?」
結衣は憮然として、英語風に名乗った。
「結衣よ。ユイ=タチカワ」
「ユイか。一応覚えておこう。呼ぶ事はあまりないと思うがな。”レフォール殿下”」
そう言うとロイドは笑って結衣を見つめた。