わたしのせかい
わたしを変えたことば
その人はわたしにとっては赤の他人。
戦争を経験し年老いたおばあちゃん。
車椅子に乗って、髪の毛は真っ白で、それでもその人はその目で世界を見ている。
そしてその隣の椅子に座っているわたし。

「ひまでねむくなる……。はなしがききたい」
微睡みかけていたおばあちゃんがポツリとそう呟いた。
「えっ?……わたしまだ21歳ですよ?人生の先輩にお話するようなことがあるでしょうか……」
相手は戦争を経験し、生き抜いてきた女性。わたしに何が話せるだろう。面白い会話もできない。それがわたしのコンプレックス。
「…………」
おばあちゃんは黙ってる。わたしの話を待っているのだと思った。
仕方なく口を開いた。
「わたし、大学生なんです。看護の勉強をしているの」
とりあえず、わたしの私生活を語った。長々と。その人にとっては面白くもなんともないと思う。
「看護、いいね。いい仕事よ。…………これだけは、わすれないで」
「はい…?」
「勉強すること」
「はい…」
「頑張ること」
「はい…」
「不平不満を言わないこと」
「はい…」
「そして喜びを忘れないこと」
おばあちゃんの4つの言葉。そして後にもう一つ「人はみんな頑張ってる」という言葉が付け加えられた。
おばあちゃんの人生の格言。今までわたしは何に迷ってきたのだろう。それはきっと人生。
そのころ、もうすぐたどり着きそうだった答えにようやくたどり着いた瞬間だった。
「……なるほど。人生はずっと勉強で、辛いことがあっても前向きに生きなさいということですね」
「……ああ……あなたは話がわかる……。役にたった?役にたった?」
おばあちゃんは、ゆったりとした口調でそういった。今にも泣き出しそうな声だった。

毎日、記憶が消えていくおばあちゃん。なにもかも、忘れてしまうおばあちゃん。それはとてつもなく恐ろしいこと。それでもこのおばあちゃんは気丈に生きて、目の前の若者に何かを伝えようとしている。それはその人の人生が詰まった大切な言葉。この言葉だけは後世にも伝えたい。

おばあちゃんが泣いてしまわないように、わたしは明るく、心から明るくこたえた。
わたしのほうが泣き出しそうになる。
「はい!役にたちましたよ!とても大事なことを教わりました!ありがとうございます!」
涙はこらえた。
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