「あのっ、吉住、真紀です。よろしくお願いします」

 ホールで朝礼する社員の前で、真紀は柏木に促されて頭を下げた。

 白いポロシャツを黒に変えさせて良かった、と思う。真紀本人は、制服がないなら、飲食店なんだから白い服がいいに決まっている、とそれらしい理由を述べたが、下着が透ける可能性がある白を職場で着ていくことは、許せなかった。

「苗字を聞いて感づいた方もいるかもしれませんが、オーナーの奥様です。

 昼の部は今少し人手が足りませんので、わざわざ出て来ていただきました。とりあえずは、厨房の片付けや皿洗いをしてもらいますので、すみませんがよろしくお願いします」

 柏木は、真紀に頭を下げる。つられて、真紀も深々と頭を下げた。

 その隣で足を組み、ソファに腰かけていた俺は、眠気がそろそろ限界に来ていた。早く寝ておかないと、今夜の仕事に差し支えるが、真紀を隣で見ておいてやらなければ、という信念で、必死で目を開いていた。

 柏木が、嫌な顔一つせず、引き受けてくれたことが、幸いだったな、と思う。

 昼の部を任されたのにも関わらず、妻をバイトで入れるなど、信頼されていないと心配されないか、少し不安ではあったが、柏木は細かいことは何も聞かず、即返事をしてくれた。
 
しかも、オーナーでありながら、妻に皿洗いの仕事をさせるなど、バカげている。

 分かってはいるが、それが真紀の意思なんだと、強く自分に言い聞かせた。

 真紀はというと、みるみるうちに生き生きとし、可愛い制服が欲しいと、ポロシャツを買いに行き、ファンデーションはしてもいいでしょ、と化粧品を選び、指輪に傷が入るから、と結婚指輪をネックレスにひっかけた。

 朝帰って来ると、子供を園に行かせることに必死になって、慌てふためいていて、俺の飯どころではない。

 送って一旦帰ってきて、出勤までに少し時間があるだろうと迫っても、化粧をきちんとしたいと、相手にもしない。

 仕事帰り、子供を迎えに行って帰って帰宅すると、3人が生き生きと走り回り、晩飯を作る暇がない。

 簡単な一品料理がオカズになり、後片付けもそのままに、ソファでうとうとすることも、しばしば。
 
そこまでして、何が楽しいのだと思いながらも、2週間は我慢をした。

 その頃になって、俺が運悪く体調を崩してから、事務所で仮眠をとることをやめた。

 真紀がいない家で1人きりの時間を存分睡眠に充てる。今まで考えもしなかったことだが、それほど悪い気も起らず、安眠という言葉に任せて、真紀を外へ1人で出していた。

 それが、まさか、こんなことになろうとは……。



この作品のキーワード
夫婦  妊娠  専業主婦  甘い言葉  言葉責め  焦らし言葉  子育て  束縛  年の差 

感想ノートに書き込むためには会員登録及びログインが必要です。