「春架様、朝ですよ」


遠くの方から聞こえてくる、とても心地の良い声。朝目覚めてから聞くには勿体なく、それでいて聞かずにいると悔いてしまうような。



いつからだったろうか、数年前まではこの声も苛立ちを増す道具でしかなかったのに。


「…今日は」

「春架様がお好きなアッサムに致しました。お砂糖の方はなしでよろしかったですか?」

「ああ」



微かに鼻孔をくすぶる匂い。白いティーカップからは静かに湯気がたっていた。何でもないような日常に思わず目を細めてみるが、自分の柄ではないかと眉を寄せる。



「今日はあまり機嫌がよろしくないのですか」

「…そんなことはない」

「ふふ、春架様は眉間に皺を寄せるのがお得意なようなので」

「ほっとけ」



手渡されたカップに口を近づけると、気に入った茶葉の味が口全体に広がっていく。窓の外を見れば、今日も憂鬱になるほど天気が良いようだ。










「…春架様、」



少しの沈黙の中聞こえてきた小さな声は、どこか曖昧だった。声のする方に目線を向ければそこには眉を下げて微笑する女。



「もう少しであの日から5年が経とうとしてます」

「…」

「しっかり者の春架様です。約束はお忘れになどなっていないのでしょう?」

「忘れたと言ったら」

「それは旦那様がお許しになりません。春架様が一番ご理解しているはずです」



淡々と口から発せられるその言葉。敬語を使われているからだろうか、立場的には確かに俺の方が上かもしれないが、年齢的には彼女の方が一つ上だ。