誓いの前に
花嫁控え室にて
彼が後ろ手でかちゃりとロックをかける。

手狭な控え室の中に逃げ場は無い。

純白のドレスで清楚に装った花嫁は男の手にたやすく落ちた。

彼女が永遠の愛を誓う相手はこの男ではない。

その証拠に彼は花婿のタキシードではなく、少し汚れたジーパンにラフなジャケットといういでたちだ。

どれほど走ってきたのだろう。乱れた呼吸に混じる声は擦れている。

 「俺から逃げられると思ったのか?」

……思っていた。
浮気を繰り返すこの男から逃げて、自分だけを愛してくれる優しい彼と結ばれるのだと……

 「確かに悪かったよ。でも、本気なのはお前だけだったんだ」

心地よい言葉が耳朶からもぐりこみ、心の奥を縛り上げる。

 「戻ってきてくれ」

乾ききった唇が強く重なり、グロスを舐め拭う。

 (違う、違うの。暴れてドレスを汚すわけにはいかないから……)

自分の心にさえ言い訳を囁いて、彼女は目を閉じた。

 (相変わらずキスは上手……)

乱暴なほどに奥まで貪りながらも優しく試すように絡む舌使い。分け合う呼吸は不埒な熱を含んで乱れている。

 (もっと欲しい)

彼女は両手を彼の首に回して、いつしかそのキスに溺れていた。

……コンコン。

気遣うようなノックの音が劣情を断ち切る。

彼女は夢から覚めるようにキスを突き放した。

ドアの向こうから聞こえる優しい声を恐れて白いレースが震える。

 『入ってもいいかな』

劣情と迷いを与えた男はニヤニヤと笑っている。

 「カレシ、入れてあげれば?」

 『いや、本当は式まで待とうと思ったんだけど、大事な言葉を思い出したんだ』

二つの声の波間で心が頼りなく漂い始める。

 「ほら、早く開けてやれよ」

そう……二つの愛の真ん中に投げ出されたその心は、寄るべき岸辺を求めてただ浮遊していた。
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