主さまが通した部屋は、昔この村で暮らしていた時に住んでいた自室だった。

当時使っていた机や本棚などがそのまま残されており、懐かしくなって昔よく読んでいた本を手にとった主さまだったが…

息吹は緊張から解き放たれてへなへなと出入口で座り込むと、慌てて襖を閉めた。


「主さま…私どう思われたかな。全然お話できなかったけど後で1人で部屋に来てって言われた…」


「親父も母も気に入ったと思うぞ。とにかく数日はここに滞在しなければならないのだから、気楽に構えろ」


「主さまはここが実家だから簡単にそう言えるんだよ。お料理だってどんなの作ればいいのかな…。私が作ってもいいと思う?」


次々に悩みを口にする息吹が不安に駆られていると、主さまは本を本棚に戻して息吹の前に座った。


「お前の好きなようにすればいい。親父たちに気に入られようと思うな。俺がお前に惚れて、お前を妻にしたんだから、親父たちが悪く言おうとも離縁などしたりしない」


「本当…?ごめんね、私…主さまを信じてる。お義父様とお義母様にはありのままの私を見てもらうね。だったら今からお買い物に行かなきゃ。主さま一緒について来てくれるよね?」


「ああ。だが忘れているかもしれないが…俺の親父と母も妖だから、人の食い物なんか…」


「でも美味しいって感じるんでしょ?だったらそれでいいの。私が普段主さまとどんな食事をしてどんな生活をしているのか見てもらわなきゃ。それに村の中を歩いてみたいし…」


まだおどおどした表情が抜けない息吹を主さまはぎゅうっと抱きしめた。

しばらくそうしていると、いつもの主さまの香りに少しずつ落ち着きを取り戻した息吹は主さまの背中に腕を回してぽんぽんと叩くと顔を上げた。


「主さまありがとう。もう大丈夫だから、行こ。お義父様たちに出かけること言わなくていいかな」


「関係ない。…今夜は焼き茄子が食いたい」


要望を出すと息吹が嬉しそうに笑い、部屋を出て薄暗い廊下を歩き、玄関で草履を履いて外へと出た。

潭月の跡目を継いで村を出て行った主さまが戻って来たことで、村に住んでいる住人たちが屋敷の近くに集まって来ているのを見た息吹は、主さまの妻として主さまが恥をかかないように胸を張ると、緩やかな丘を下って村の全容を見つめた。


「大きな村…。お野菜やお魚はあるの?みんな食べないの?」


「ここには鬼と人との間に生まれた子も居るから魚屋も野菜屋もある。後で会ってみるといい」


ここは知らない世界。

気を張りすぎない気合いを入れた息吹は、主さまの着物の袖を握るとまずは魚屋へ向かった。

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