主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
それから数時間後、椿姫は本堂の障子を少しだけ開けて外の様子を窺い、誰も居ないことを確認して本堂から出た。


もうここに閉じこめられてからどの位経つだろうか。

いや…閉じ込められているのではない。

ここには結界も張られていないし、ただただ山奥の人気のない人々から忘れ去られた神社だ。

逃げようと思えば…いつだって逃げられるかもしれないが…


「どこへ行く。ここから出るな」


「きゃ…っ!あ、あなたは……」


「俺が見張りをしていることを忘れるな。酒呑童子様だけでなく…俺にも齧られたいのか?」


鋭い牙をわざと見せつけて邪悪な笑みを見せた茨木童子は、ここに捕らわれて以来ずっと見張り役として傍に張り付いている。

本来は酒呑童子の傍に侍って彼のために動きたいだの人を狩って献上したいだの散々愚痴を聞かされてきた椿姫は――今まで妖と接したことはなかった。

故に悪鬼表現してもおかしくはない茨木童子の存在を恐れ、まともに顔を見ることさえできずに俯いてばかりだった。


「私を…開放して…」


「無駄な願いを口にしない方がいい。お前は一生酒呑童子様の供物となるのだ。そんな能力を持ったが故にお前は選ばれた。それを忘れるな」


椿姫が生まれ持った能力――

それ故に高貴な家柄の者だった椿姫は路頭に投げ出され、山野をさ迷い――そして酒呑童子に選ばれてしまった椿姫。


「私は…一生ここに……?」


「酒呑童子様が移動すればお前も連れて行く。…あの方が夢中になるほどの血肉だ。きっと…甘くてやわらかくて…美味いんだろうなあ」


大木の木の枝に座って椿姫を見下ろしていた茨木童子が涎を拭うような仕草をすると、椿姫は両手で口を覆って本堂の中へと逃げ込んでしまった。


「一体私はどうすれば…!」


もう何度も自殺を図ったが…死ねない。

自分の能力故に、死ぬことができない。


床に突っ伏して散々泣いた後、本堂に安置されている恐らく名もなき木彫りの仏の前に座って手を合わせた椿姫は、自身の死を強く願いながら時間を忘れて祈り続けた。
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