夢の人
始まりはタクシーから
 「楽器屋を襲わない?」
 十三年ぶりに遭った友人に、〝コンビニに行かない〟という気軽さで衝撃的かつ斬新な問いかけをタクシーの中でされ、間宮太一は言葉に詰まる。既にタクシーは五日市街道に差し掛かり、タクシードライバーがアクセルを強く踏み込む。
「お客さん、決断のときだよ」
 バックミラー越しに手入れの行き届いた髭を蓄えたタクシードライバーが追随する。
 いや、その、と間宮は尚も言葉に詰まるが、「選択肢が提示されたら、決断するしかない」と十三年ぶりに遭った友人である神崎瞬が淀みなく言った。
「決断不足の人間に最も効果的な方法は、急かすことだ」とタクシードライバー。
「それにしても運転手、素敵なセリフを放つな。たしかに決断不足とカルシウム不足の人間は急かすに限る」
 神崎は首を縦に二度振った。が、間宮には全くその意味がわからなかった。
「決断不足の友人を持つ悲しき男よ」とタクシードライバーが威厳のある声を車内に響かせ、「その理由を教えてやんなよ」と表情を見なくても最後のセリフを放った後に口元が綻んでいるだろう、ことは間宮にも容易に想像がついた。それほどまでに、余裕と、この場を楽しんでいる陽気さが漂っていた。
「わからないのか?」と神崎。
「わかるわけがない」と間宮。
 やれやれ、と神崎が狭い車内で両手を挙げ、「決断不足な人間を急かし、期限を定めさせれば決断せざるをえなくなる。さらにカルシウム不足な人間は、苛立ちやすい。それは科学的根拠もあり、大方的を得ていることは人生教訓からも学んでいる。彼ら彼女らに対する対処法は、とりあえず糖分をいち早く摂取させ、機嫌をとる、に限る」前方を見据え目を細めた。
「ザッツ・ライト」
 タクシードライバーが声を大にして叫び、ラジオを点けた。
「ビートルズ!」
 間宮は思わず声を出す。
「変わらないな」と神崎。
「いい曲だ」とタクシードライバー。
「間違いないです」
 間宮は断言しラジオから流れる音に耳を澄ます。曲は間宮がビートルズで最も好きな、『I've Just Seen A Face』。初恋の女性が好きだった曲。
「通称『夢の人』、か。夢を見るために、楽器屋を襲わないか?」神崎は再度言った。
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