◇桜ものがたり◇

「姫。何をしているの」

 祐里が見上げた川沿いの土手の道に、柾彦が笑顔で立っていた。


「こんにちは、柾彦さま。

 とても綺麗でございますので、お屋敷に飾る秋桜を摘んでおりますの。

 柾彦さまは、お出かけでございますの」

 祐里は、摘んだ秋桜を柾彦に掲げて見せる。


 柾彦は、薄紅色の秋桜に囲まれた祐里を

 御伽噺に出てくる姫のように感じて見惚れていた。


 祐里を取り囲んでいる秋桜が、まるで天女の羽衣のようであった。


「あまりに天気がよかったから、姫に会えるような気がして、

 散歩に出てきたのだけれど、やっぱり会えたね」

 柾彦は、川原の坂を一気に駆け下りる。


「私も、あまりにお天気がよろしゅうございましたので、

 川原に来ましたの。

 秋桜がちょうど見頃でございます」

 祐里は、一人で見る秋桜よりも、

 柾彦と一緒に見る秋桜を一層美しく感じていた。


 柾彦は、祐里が困った時や淋しい時に、必ず姿を見せてくれる。


「姫には、秋桜も似合うね。

 風に靡く秋桜の可憐な花のようでありながら、

 実はこの根のようにしっかりとした強さを兼ね備えているし」

 柾彦は、可憐な花を抓んでから、腰を屈めて、秋桜の太い根元を指差す。


「まぁ、柾彦さま。私は、そのように強うはございません」

 祐里は、頬を赤らめた。

 柾彦は、儚げでありながら毅然とした祐里の真の強さを感じていた。

 自分は、祐里の守人でありながら、

 それでいて祐里から守られ、力を得ているように思われた。


「はい。姫は、か弱き姫でございます。

 姫には、小さな花束を贈りましょう」

 柾彦は、秋桜の花の細い茎を手折り、

 丸い小さな束にして祐里の前に差し出す。


「柾彦さま、可愛い花束でございますね。ありがとうございます」

 祐里は、満面の笑みで小さな花束を受け取った。

 
 力強く愛してくださる光祐さまを一途に慕いながらも、

 祐里は、優しく側で守ってくれる柾彦と

 一緒に過ごす時間を楽しく感じていた。

< 95 / 284 >

この作品をシェア

pagetop